医療あれこれ

2011年12月アーカイブ

今年11月に国際糖尿病連合が発行した資料によれば、20歳~79歳の成人における糖尿病人口は全世界で約36,600万人とみられ、今後も増え続けると予想しています。最も糖尿病人口が多い国は中国で9,000万人、次いでインドが6,130万人とみられており、日本は第6位の1,070万人と報告されています。このまま推移すると2030年には世界中の糖尿病人口は約55,200万人に達するという予測がなされています。

 我が国における20歳~79歳の成人人口は約9,500万人ですから、糖尿病人口1,070万人は一割以上、11.2%いることになります。

 

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 年齢別に見ると、グラフに示すように年齢に伴って糖尿病人口は明らかに増加する傾向がわかります。またこれらの糖尿病の人がいる地域別では都市部が農村部に比べて1.7倍多いことがわかりました。

 問題は糖尿病の人が大勢いるのに、このうち適切な治療を受けている人は半分以下であると推定されることです。糖尿病は体のどこかが痛いなどあまり自覚症状のないことが多く、健康診断などで糖尿病の疑いがあると指摘された人でも、ついついそのまま放置してしまうことが多いのだろうと推定されます。

 いうまでもなく糖尿病の治療目的は、自覚症状を改善することではありません。合併症として腎症で腎臓の機能が悪くなって最終的に人工透析を受けなければならなくなったり、網膜症で視力障害が起こったり、足の感覚がなくなって足が腐ってしまったりします。もっと問題なのは心筋梗塞や脳卒中といった死に直結する怖い病気を合併する場合が多いことです。これらのことを予防するため糖尿病を治療して、血液中の糖を適切にコントロールしておくことが大切になるのです。

hippocrates.jpg 古代ギリシア時代の医師、ヒポクラテスは「医学の父」、「医聖」などと呼ばれています。それは彼が人々の病気を迷信や呪術、また宗教のような扱いから切り離し、科学的な医学を最初に発展させた人だからです。(写真は兵庫医科大学の玄関ホールにある「ヒポクラテスの像」です。)

ヒポクラテスは紀元前460年頃、エーゲ海の南東にあるコス島という小さな島で、世襲制の医師の子として生まれました。各地で医学を学んだ後、生まれ故郷のコス島で多くの弟子たちに医学を教えたのです。

彼は健康と病気を自然現象として客観的に観察しました。また環境の変化が人々の健康におよぼす影響なども調査研究したとも伝えられています。これは今でいう公衆衛生学や環境予防医学の始まりとも考えられます。

その業績の中で、病気の発生は人間の体の中にある水分である体液には血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁と四種類あり、これらのバランスが乱れることによって発生すると考えたのです。現代医学の理屈で考えると、血液はわかりますが、粘液や肝臓で作られる胆汁で黄胆汁と黒胆汁の二種類が何のことか理解しにくい部分があります。しかし、これらのことが述べられたのが今から二千年以上昔の紀元前であったことは驚くべきことです。

さらに病気の治療にあたっては、人の体の自然治癒力を重視しました。病気を回復させるためには、適切な食事、新鮮な空気、十分な睡眠、さらに適度の運動と休息が必要であると説いたのです。これらはすべて現代病の代表である「メタボリックシンドローム」の予防・治療につながる画期的なことであったことはいうまでもありません。

ヒポクラテスはこうして医学的現象の観察と分類を通じて、医学が科学として発展していく基礎を作った人です。しかし彼が真に医療の歴史の中での重要人物として語られているのは、二千年以上の長い年月、医療者の道徳律とされてきた「ヒポクラテスの誓い」を書いた人であったことです。このことは次回の医療の歴史で説明したいと思います。

今、「生活習慣病」と言われている病気を、以前は「成人病」と呼んでいました。「成人病」は中年以降に発症することが多いので、その名前になったのですが、病気は大人になってから発症するだけではなく、子供にも見られることがあるので「成人病」という名前は適当ではないということになって「生活習慣病」と呼ばれるようになったのです。「生活習慣病」は食事、運動、睡眠、飲酒などの乱れや、喫煙習慣が病気を引き起こしてくることから、「成人病」より「生活習慣病」の方が適切な呼び方だと考えられます。糖尿病、高血圧、脂質異常症などの病気、またこれらの病気が引き金となって発症する心筋梗塞や脳卒中、さらにガンなどは典型的な「生活習慣病」です。

 それでは同じように乱れた生活習慣をしている人達が皆同じ病気になるのでしょうか。現実にはそうとは限りません。たとえば、タバコを吸い続けている人が皆、肺ガンになるとは限りませんし、運動をしないで油の多い食べ物をお腹いっぱい食べて肥満になっている人達が皆、糖尿病になるとは限りません。同じような乱れた生活習慣をしている人のうち、病気になる人とならない人の違いは何でしょうか。それは体質の違い、つまり病気になる遺伝的な素因があるかどうかによるのです。さらに生活環境の違いも影響してきます。特に糖尿病はこの遺伝的素因が関わって発症することが多いと言われています。つまり親兄弟など血のつながりがある人に糖尿病の人がいると、その人の遺伝子(DNA)を引き継いでもともと糖尿病になる体質があると考えられます。そこへ乱れた生活習慣が加わると糖尿病になってしまうという事です。

 ただし糖尿病は遺伝病ではありませんから、病気になる体質があったとしても生活習慣をできるだけ正していれば糖尿病にはならない、あるいは病気になることを遅らせることができます。

 いずれにしても規則正しい生活習慣を続けることが大切であることは言うまでもありません。

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  医療、つまり病気やけがの人を手当することは人類の歴史の中でいつから始まったのでしょうか。原始時代から、病気やけがで苦しんでいる人がいれば、まともな医療ができなくても、何とかその人を何とか助けたい、あるいは少しでも楽にしてあげたいと周りの人は思うでしょう。それが医療の始まりです。そうすると「医療はいつから始まったのか」という疑問は、「人間の病気はいつ頃から発生してきたのか」と同じことになります。その答えは、今から約300万年前、人類の誕生と同時だったのです。このことは多くの考古学的発掘調査でも示されています。例えば、ピテカントロプスという原始人の骨には、結核という病気が悪くなって膿を持った塊の跡が証明されています。

 旧石器時代、人間の主な死因は「自然の猛威」と「暴力的行為」でした。時代は下って新石器時代になると、人間は農耕生活を始めるようになり、集落を作って集団生活するようになりました。するとその集団のなかに疫病が流行することもたびたびあったことでしょう。人間はこのような疫病は、神々の仕業に違いないと考えるようになり、神官が「祈とう」して何とか疫病を抑えようとしました。これが今の内科の始まりです。つまり内科医の祖先は「祈とう師」ということになります。後で述べますが、外科医の祖先は刃物を使って外傷の治療をしたことから古代の「散髪屋さん」でした。おなじ医師でも内科医と外科医の祖先は違うのです。

 さて記録に残る医療ということになると、紀元前2000年ごろのメソポタミア文明の遺跡には、粘土板医書がありこれは最古の医学書といわれています。さらに紀元前1700年ごろのエジプトには古代の紙パピルスに医術の教科書と思われるものが残されています。人名として医師が登場するのは紀元前1200年、ギリシア時代のアスクレピオスです。アスクレピオスはギリシア各地にお籠もり治療をおこなう保養所を作りました。ギリシア神話では彼はどんどん病気の人を治して、最後には死んだ人まで生き返らせたため、神の怒りにふれゼウスに殺されてしまったとなっています。

 アスクレピオスから少し時代が下ったギリシアに登場するのが有名なヒポクラテスです。このことは次回の医療の歴史で述べてみたいと思います。

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