医療あれこれ

2012年9月アーカイブ

 英国のガン患者は4人のうち1人が、症状が悪化してから救急で病院に運ばれ、そこで初めてガンと診断され、大半の人が数週間以内に死亡しているという調査結果を研究機関がまとめた、と英国の新聞タイムズ誌が報じたそうです。この調査は2006年~2008年のガン患者約75万人について、どのようにガンの診断を受けたか、さかのぼって調べたものです。特に高齢の人では、このように救急で初めてガンと診断されたケースが全体の3分の1を占めているとのことです。

 この調査結果は、日本では考えられない全く驚くべきものです。日本では定期健康診断が一般に行われており、これによって何らかの異常が検出されて、精密検査をすると「ガンが発見された」となります。しかし英国ではこのような健康診断の制度が一般に広がっていないそうで、またイギリス人の多くは、医療機関を受診したがらないことも一つの原因だとのことです。英国の医療制度では、患者さんが専門病院を直接受診することはできず、その病院に登録している家庭医(かかりつけ医)が紹介するのが原則になっているようです。日本では、ある人が何らかの体調変化を感じたとき、かかりつけ医がいれば、そのことを話して何らかの検査を受けることもできます。

 こう申し上げますと、「日本ではガンに対して常に早期発見・早期治療ができている」と思われるかも知れません。それでは、毎年かかさず定期健康診断を受診していたら、あるいは家庭医が細心の注意を払って定期的にガンの検査を行っていたら、ガンが進行してしまった状態で診断されることは絶対ないのでしょうか。残念ながら健康診断の疾患発見率は100%とはならず、一部の健康診断受診者ではガンが発見されないことも可能性としてはあります。しかし定期健康診断を受診していれば、少なくとも英国のように救急搬送されるほど症状が悪化して初めてガンが発見されることはないでしょう。また、もしそのような事があったとしても、その発生率は少なくとも英国のように4人に1人というほど高率ではないと言うことができます。

 生きている人間の体のことですから「完全に、完璧に」は不可能ですが、ガンの早期発見という点では、健康診断の受診など「できる範囲内で」定期的に体のチェックをしておくことが、後になって後悔しない唯一の手段ではないでしょうか。

 先日、敬老の日を前にした報道によると、長寿世界一、国内最高齢の人は京都府在住の男性で、115歳だそうです。一日3度の食事を欠かさず、「小食で、腹八分目」を心がけていらっしゃるそうです。また毎朝7時過ぎに起床し、午後7時半ごろには就寝する毎日で、新聞を読んだりテレビを見たり規則正しい生活をおくっていらっしゃるとのことです。食事や睡眠を始めとした生活習慣を規則正しくすることが、健康を保つために最も重要であることを改めて認識させられます。

 またこれもご存知の通り、厚生労働省の発表で、日本人の百寿者つまり百歳以上の人は5万人をこえたことが明らかとなりました。調査を始めた今からおよそ50年前の1963年には153人だったそうですが、1998年に1万人をこえ、その後、急速に増加してきたことになります。人口10万人当たりの100歳以上の人数を都道府県別にみると、高知県(78.50)、島根県(77.81)、山口県(67.27)の順で、2009年まで37年連続第一位だった沖縄県は62.88人で第5位になっています。逆に最も100歳以上が少ないのは埼玉県(23.09)だそうです。

 ところで沖縄県については、1990年頃までは都道府県別の平均寿命が、連続して全国第一位で、世界に冠たる長寿地域として知られていました。ところが、その後、急速に平均寿命は短くなり20位以下になってしまったことから、のちに「沖縄クライシス」と呼ばれる現象を引き起こしたのです。この原因は何かというと、ハンバーガーなどのファーストフードが入ってきたのは、駐留米軍などの影響で、沖縄県が最も早く、その結果、肥満の人が増え、動脈硬化に関連する病気が増加したことによるのだとされていました。しかし実際は、沖縄県の平均寿命短縮は、15歳~45歳の人の死亡率が増加したことによるといいます。死因としては、自殺や肝疾患が最も多いそうです。つまり失業率の増加など社会情勢も大きく関連しているということで、「沖縄クライシス」現象は、必ずしも生活習慣の変化が原因で、高齢者の数が減っているのではないようです。

 それはさておき、乱れた生活習慣を続けていると、将来的に「生活習慣病」関連の疾患が原因で寿命に大きな影響を及ぼしてくることは言うまでもありません。いろいろな問題を抱える昨今ですが、できれば「規則正しく」平穏な生活を続けて行きたいものです。

 前回、体温計や体重計といった診療の基本情報にかかせない機器の開発をご紹介しました。さらに最近の医学・医療は新しい医療機器の発達で、精密に病気の診断ができるようになってきました。

しかし内科の診察で基本となるのは古来の4つの診察手技です。それは、①視診、②触診、③打診、④聴診 の4つで、体の不調を訴えて医院を受診された方だけではなく、健康診断の内科診察でも必ず行う診察法です。

 ①視診については言うまでもなく、診察室へ入って来られた方の顔色を見たり、歩き方や仕草などの他、何か体の表面に色調などの異常がないかを眼で見て診察を始めることです。②触診も当然のことですが、体の表面から触ってみることによって何らかの病気がないか想像をつけることで腹部の診察では必ず用いる手技です。

 ③打診。これは体の表面から軽く叩いて、体の中に異常がないか調べることですが、内科診察法である他、一般的な言葉として、交渉事などで事前に「様子を探る」という意味に使われたりもします。内科診察では体の表面に手を当てて、その中指をもう一方の中指でトントンと叩いて体の中にでき物などがないか、などを調べます。さらに④聴診は言うまでもなく、聴診器を用いて、心臓の音や呼吸音、腹部の腸音や血管雑音などを聞いて診断をつけていく方法です。

Auenbrugger.jpg 医療の歴史でみると、これらのうち打診法と聴診法が相次いで開発されたのは、1800年前後のことでした。打診法を発明したのはレオポルド・アウエンブルッガー (17221809)というオーストリアの医師です(右の図)。アウエンブルッガーの実家は、グラーツという所で旅館をしていました。旅館の外には宿泊客に提供するワインの樽がいくつもあったのですが、そのワイン樽の外側を叩いて、中にワインがどれだけ入っているか調べていたのを見て打診法を見つけたと言われています。ワインがいっぱい入っていると叩いたときドンドンと音があまり響きませんが(これを濁音といいます)、ワインが空になるとトントンと太鼓のように響きます(鼓音)。人の体を軽く叩いてみることで、内側にでき物があったり、肺に水が溜まっていたりする部分は濁音になります。正常の肺は空気が多く含まれていますから鼓音になるのです。心臓の上を叩くと、心臓は筋肉のかたまりの中に血液が満たされた状態ですから濁音になります。もし心臓肥大があると濁音の範囲が広くなることから、打診法でこれを発見することができます。これらのことが正しいかどうかをアウエンブルッガーは亡くなった人を解剖し、体の中の状態と打診所見を比較して確認したといいます。現在では、そんな事をしなくてもレントゲン写真を撮ればすぐ判るというものですが、内科診察法の基本であることに変わりはありません。

Laennec.jpg 聴診法を開発したのは、ルネ・ラエンネック (17811826)というフランス人医師です。ラエンネックが、ある太った女性の胸に耳を当てて呼吸音を聴こうとしましたが、聴き取りにくかったので、ノートを丸めて胸に当ててみました。すると直接、耳を胸に当てるよりはるかによく呼吸音が聞こえたのです。これが聴診器を発明するきっかけとなりました。そして木製の聴診器を作り、それにより得た呼吸音などの所見と解剖所見を比較検討して、病気の症候と病態の関係を次々に明らかにして行きました。しかしこの診察法が一般に定着するまでに50年ぐらいかかったということです。当時は患者さんを裸にして診察する習慣もなかったからだと言われています。

 ところで、これら打診法や聴診法の開発は、医療者と患者さんの関係に微妙な変化を生みました。それまでは病気の診察に当たって入手できる情報は、患者さんの訴えることがほとんどで、医療者は患者さんの話をよく聴かないと診療ができませんでした。しかし打診や聴診を用いることにより、医療者は自分から患者さんの病気についての情報を収集することができるようになったのです。そうすると、患者さんの訴えと関係なく、つまり聴く耳を持たないで、病気の診断が行われてしまうという誤った状態も発生してくることになります。これを元に戻して良好な関係を築いて行くために、また少し時間がかかることにもなってしまいました。

 728日付の「医療あれこれ」で、「睡眠時無呼吸症候群」をご紹介しました。その中で、「睡眠時無呼吸症候群」は心臓・血管などの合併症を引き起こすことを説明したしたが、このたび、欧米のいくつかの大規模臨床試験で、「睡眠時無呼吸症候群」は高血圧症発症の明らかな原因であることが証明されました。

TH_TREE024.JPG ほとんどの高血圧症は、明らかな原因となる疾患がない「本態性高血圧」です。「本態性高血圧」は原因不明ではなくて、もともと血圧が高くなる遺伝的な素因があって、そこへ塩分の多い食事を食べたり、運動不足・精神的ストレスなど乱れた生活習慣が高血圧を発症させるというもので、典型的な生活習慣病です。血のつながりがある親・兄弟に高血圧で治療中の人がいる場合、生活習慣を正していかないと高血圧になってしまいます。

 「本態性高血圧」とは別に、ごく一部の高血圧ですが、「二次性高血圧」があります。これは明らかな原因となる疾患があり、高血圧を発症するものです。例えば、血圧を上げるホルモンが多くなる内分泌疾患があります。このうち「原発性アルドステロン症」は、副腎皮質というホルモンを生成する臓器からアルドステロンという血圧上昇作用があるホルモンが分泌されておこりますし、「クッシング症候群」という疾患は同じく副腎皮質ホルモンのコルチゾール分泌が過剰になって高血圧となります。また腎臓の病気や、腎臓へ血液を送っている腎動脈が細くなっているような場合にも高血圧をおこしてきます。「腎性高血圧」「腎血管性高血圧」と呼ばれます。これらは、高血圧症と言われている人のごく一部の場合ですが、原因疾患があって、そこから二次的に高血圧となりますので「二次性高血圧」と呼ばれています。「二次性高血圧」は原因となっている疾患の治療ができれば高血圧はよくなります。

 さて「睡眠時無呼吸症候群」は以前にご説明しましたように明らかな病気です。今まで明らかな原因疾患がない「本態性高血圧」と診断されていた人の中にも睡眠検査を行ってみるとかなりの確率で「睡眠時無呼吸」があることも報告されていました。これはしかし、肥満が原因で高血圧となり、一方で肥満が原因で睡眠時無呼吸となっているだけにすぎないとする意見がありました。つまり睡眠不足という生活習慣の乱れで高血圧になっているという考えでした。しかし今回の大規模臨床試験研究は、「そうではない。睡眠時無呼吸症候群は明らかな高血圧の原因疾患である。」ことを証明したのです。そこでアメリカの高血圧合同委員会は「二次性高血圧」の原因疾患に「睡眠時無呼吸症候群」を新たに付け加えました。

 728日付でご紹介したように「睡眠時無呼吸症候群」と診断されると、必要に応じてCPAP治療を行います。そうすると高血圧は改善したという報告がされています。ということになると血圧を下げるお薬が要らなくなる、あるいは服用する量を減らすことができると思われます。