医療あれこれ

経口インスリン製剤の開発

血糖値をコントロールするインスリンは膵臓のランゲルハンス島と呼ばれる細胞から作られます。なんらかの原因で膵臓においてインスリンが生成されなタイプの1型糖尿尿や、生活習慣病としての2型糖尿病が悪化したような場合、治療にはインスリン製剤が必要となります。しかしインスリンを経口剤(飲み薬)として服用しても、胃液で分解されてしまい、血液の中に入っていかず薬として役割を果たすことができません。そこで現状ではインスリン投与のために注射することが必要になります。1922年、世界で初めて1型糖尿病で苦しんでいた14歳の少年にインスリンが投与されて以来、今日までインスリンといえば注射でなければ人に投与することはできませんでした。(参照:医療の歴史26 インスリンの発見

インスリンにより血糖値をコントロールすることが可能だけれども、注射という作業の不便さが治療の妨げになっていたのです。インスリンは毎日投与することが必要ですから、ご存知のように家庭において自己注射ができる注射薬の一つです。インスリンは注射しなくてはならないというこの不便さを解消することが糖尿病の患者さん、糖尿病の治療にあたる医療者の両者にとって長年の悲願でした。これを解消する一つの手段が、インスリン経口剤の開発です。

今年になって、インスリンなどの生物学的製剤を経口剤として投与することができるカプセルが開発され、これを用いたラットやブタなどの動物実験に成功したことが公表されました。(Science 2019; 363: 571このカプセルは蜂蜜のような糖質でできていて、胃内で溶解するのですが、この時カプセル内に収められた針が胃壁に突き刺さります。この針は数mm大のものですがインスリンを凍結乾燥し圧縮して作られており、インスリンが胃壁内で溶けだしてで血液中に吸収される仕組みです。つまりカプセル製剤により胃に運ばれたインスリンが胃壁内に注射され吸収されるというものです。胃壁は小腸の壁と違って分厚く、針が撃ち込まれても穿孔(穴があく)ことはないという考えに基づいています。

まだ動物実験の段階ですから、人への投与については、多くの問題点が残されています。例えば、たとえ小さくても胃に穴を開けるわけですから、患者さんにとっては長期の健康問題を来す恐れはないのか、あるいはインスリンと一緒に好ましくない蛋白やバクテリアが侵入しないなどの課題を克服する必要があります。またこの動物実験には、現在インスリン注射薬を製造、販売している会社も参画していますが、針の作成に必要なインスリンが実際の投与量に比べて大量であることや、その他の経費の問題もあるようです。しかしインスリンが初めて人に投与されてから100年間の悲願だった経口剤の開発に道を開いたということで、大いなる発展が期待されます。