医療あれこれ

医療の歴史(26) インスリンの発見

 血糖値をコントロールするインスリンは膵臓のランゲルハンス島という他の細胞とは異なる塊で作られます。ランゲルハンス島は1869年、ベルリン大学の病理学教授ルドルフ・ウィルヒョウの指示で研究していた医学生パウル・ランゲルハンスが発見し、その名がつけられています。その後、ランゲルハンス島は糖代謝に関係する物質を分泌しているのではないかということが判り、膵臓を摘出した犬が糖尿病になることから、膵臓から糖尿病を阻止する物質が抽出できないか、という多くの実験が繰り返されましたが、ことごとく失敗に終わっていました。なぜかというと、膵臓は食べ物の栄養分を消化する消化液を分泌しているので、その未知の物質が消化液で壊されてしまっていたからです。

 1920年、カナダで整形外科の開業医だったフレデリック・グラント・バンティング(18911941)は医学雑誌で「膵臓の管がつまると消化液が出なくなってしまう」ことを知り、実験動物の膵臓の管をしばって、膵臓の消化液を分泌する細胞を萎縮させてしまえば、残りの細胞から血糖値を下げる物質が取り出されるのではないかと考えたのです。1921年、バンティングはトロント大学の生理学教授で糖代謝の権威であったジョン・ジェームズ・リカード・マクラウド(18761935)に、この実験をさせてもらえないかと話をもちかけました。しかしマクラウドは、初めのうち素人同然のバンティングに研究ができるわけがないと取り合ってくれませんでした。何度も頼み込んだ末、マクラウドは自分が夏休みの8週間だけ研究室を使うことを許可し、何匹かの実験用の犬と、チャールズ・ハーバート・ベスト(18991976)という医学生を助手としてつけてくれました。

 約束の8週間が過ぎようとした頃、バンティングとベストの二人はついに犬の膵臓から血糖値を下げる物質を抽出することに成功したのです。ただ二人が抽出したその物質は、作用が弱く混雑物が多かったので人に投与することはできません。それを強い作用をもつ物に精製したのが、アルバート大学生化学のジェームス・バートラム・コリップ(18921965)です。そしてその物質はランゲルハンス島から分泌されることから、ラテン語の「島」を表すインスーラ(insula)に由来してインスリン(insulin)と命名されました。1922年、コリップにより精製されたインスリンは、世界で初めて、インスリンが分泌されないタイプの1型糖尿病に苦しんでいた14歳の少年に投与されたのでした。

 最初に未知の物質を抽出したのはバンティングとベストですが、マクラウドやコリップの力がなければ、「インスリンの発見」はありませんでした。後にバンティングとマクラウドの二人がノーベル賞を受賞しましたが、この二人はあまり仲がよくなかったそうです。

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