医療あれこれ

2012年12月アーカイブ

バセドウ病と不整脈

 これまでに何度かご紹介していますように、代表的な甲状腺ホルモン過剰症にバセドウ病という病気があります。甲状腺ホルモンは体の代謝を高め精神神経を調節するホルモンですからバセドウ病になると体がやせてくる、暑がりでよく汗をかく、動悸がする、手が振るえる、イライラするなどの症状が現れます。

 これらの症状のうち、動悸がする(胸がドキドキする)という症状は、甲状腺ホルモンの心臓や血管への甲状腺ホルモンの作用でおこります。甲状腺ホルモンにより心臓の収縮力が高くなることから、上の血圧、つまり心臓が収縮したときの血圧(収縮期血圧)は上昇する一方、全身の血管抵抗性が低下して下の血圧、つまり心臓か拡張した時の血圧(拡張期血圧)は逆に低下します。このことから上下の血圧の差が大きくなり、動悸を感じるようになるのです。

 心臓が収縮したり拡張したりしているのは、心臓の筋肉が電気刺激を受けることによるものですが、この電気刺激の伝導系に対して甲状腺ホルモンは刺激を強める作用があります。そこで甲状腺ホルモンが増加すると、心臓の拍動数が速くなり、頻脈になってきます。さらにこれがひどくなると、心房が細かくけいれんするように震える現象がおこります。これは不整脈の一つで心房細動と言われるものです。最近の報告では、はっきりした甲状腺ホルモン過剰症ではなくても、つまりホルモンが少しだけ多めの状態「潜在性甲状腺機能亢進症」でも、この心房細動という不整脈のリスクが高くなるとされています。(文献:BMJ 2012, 345, e7895

 ところで心房細動では、左心房の中で血液の流れが乱れて固まりを作る、つまり血栓が形成されることがよく見られます。下の図をご覧下さい。この左心房内の血栓は、やがて左心室から動脈に流れ出して血管をつめてしまう塞栓症をおこします。脳の動脈にはこの血液の固まりが流れ込みやすいので、脳血管が閉塞し脳梗塞をおこします。これは心臓が原因で脳の塞栓症がおこったものなので「心原性脳塞栓症」といいます。

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 少し話がややこしくなったかも知れませんが、甲状腺ホルモンがわずかでも多いと、心房細動という不整脈がおこり、さらに脳梗塞を発症してしまう可能性があるといえます。

 最近、「空腹が人を健康にする」ということで、一日一食を推奨することが流行しているようです。しかしこれが本当に健康にとって良いことなのでしょうか。

 昔(明治時代より以前)は一日の人の活動は、夜明けとともに始まり夜になると終わるという短時間のものでしたから、一日に三食ご飯を食べなくても十分に栄養を補給することができたでしょう。また、大昔、原始時代は、一日一回何らかの物を食べることしかできなかったかも知れません。しかし、それが本当に人が健康な生活をすることにつながっていたのでしょうか。少し疑問が残ります。

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 空腹な状態が長時間続くと胆石症になりやすいと言われています。肝臓は脂肪の吸収に必要な胆汁という消化液を作っています。これを小腸に流し出すための管である胆管や、その途中に食べたものが小腸にはいってくるまで胆汁をためておく胆のうという袋の中に、コレステロールやビリルビンなどの成分が固まって結石を作った病気が胆石症です(右の図)。特によく知られているのは胆のう内結石で、これは胆汁が長時間胆のう内に貯留していることが発症の要因とされています。すると、もし一日一食という食生活で、空腹の時間が長く、食べた物が小腸に入ってくる回数が減ると、胆のう内に結石ができる可能性が高くなることが考えられます。病気で口からものを食べることができない人が、点滴で栄養を補給されている時間が長くなると胆石ができやすいことが知られています。

 これらのことから、空腹が人を健康にするという論理は必ずしも全て受け入れることができるものではないかも知れません

(参考文献 日本医事新報 No.4626 2012.12.22)

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 前回、ご紹介したルイ・バスツールは生物の自然発生説を否定したというだけではなく、多くの発見をしました。ワインを醸造するとき腐らないように55℃以上で熱する方法(低温殺菌法)の発見や、絹の製造業者たちの悩みであったカイコの病気はある種の寄生虫が原因であることを発見するなど、彼の元に持ち込まれるさまざまな難問を解決して行ったのです。

 しかしパスツールの医療における最大の業績は、ワクチンによる予防法に道を開いたことです。狂犬病は、狂犬病の犬に噛み付かれた人が、水を恐れて決して飲もうとはせず、ほとんどが死に至ることから、恐水病などとも呼ばれ、致死的な病気でした。狂犬病の原因は狂犬病ウイルスであることは、その後、明らかにされていますが、パスツールはこれを狂犬病の原因になる毒のようなものと考えました。これを何倍にも薄めて犬に投与しておくと、狂犬病に対する抵抗力がつくのではないかと考えたのです。病原体を薄めて発病しない状態にしたものを投与して病気の発生を予防するということは、今で言う「ワクチンによる免疫」に他なりません。そのワクチンを投与された犬と、投与していない犬の二つの群に、狂犬病ウイルスを投与すると、ワクチンを投与されなかった犬は皆死んでしまいましたが、投与された犬は健康な状態を示すことが判りました。

 ただし、この狂犬病ワクチンを人に投与することは簡単にはできません。もし効かなかったら、投与された人は死んでしまうからです。そんな時、一人の男の子が狂犬に噛まれて運び込まれてきました。そこでパスツールは、その男の子にワクチン注射を行う決心をしたのです。その結果、男の子は命を救われベッドの上ではしゃいでいたそうです。このニュースはヨーロッパ中に広まり、パスツールの所へ野良犬に噛まれた多くの人が押しかけました。1885年のことでした。

 現在では、狂犬病ワクチンは飼い犬には接種が義務付けられており、特殊な場合を除いて人に投与することはありません。しかし、これらの発見は今日の免疫学の基礎を築いていくことにつながっていきました。


 先日、「白内障の手術で高齢者の骨折リスクが低下」という話題をご紹介しました。若い人は転倒しても骨折を引き起こさないことが多いのに対して高齢者における骨折のほとんどは転倒が原因で起こっています。これは加齢に伴って骨の強度が低下してきているためであることは言うまでもありません。

 高齢者が転倒する危険因子として、転倒歴が挙げられています。つまり一度、転倒した人は再度転倒しやすいというのです。だからといって転倒を完全になくすことはできません。それでは、骨の強度が多少落ちていても、筋力を強化しておけばよいだろうということが考えられます。筋力が十分にあれば体を支えることができますから、転倒防止になることが想定されます。よく運動をしている高齢者は転倒・骨折の割合が低くなるだろうというのです。

 転倒予防教室が色々な所で実施されており、その主催者の報告では、参加した人の転倒は減少しているといいます。しかし本当にそうなのかどうかは不明です。なぜなら、転倒予防教室に参加するような人は運動しようとする意欲が高く、さまざまな日常生活に積極的であることから、初めから転倒の危険性は低いとも考えられます。

 それでは、歳をとっても骨の強度が落ないようにしてはどうか、ということが考えられます。カルシウムを多く摂取するとよいとよく言われますが、これだけではだめで、食べたカルシウムが胃腸で吸収され、骨の成分になるためには、脂肪に含まれるビタミンDを活性化する必要があります。そのために日光に当たったり運動することが重要になってきます。

 また骨の量が減ってしまう骨粗鬆症の治療薬の中には、骨折抑制効果が証明されているものがあり、このような薬を用いるのも一つの方法です。さらに、お尻を保護する装具(ヒップ・プロテクター)なども転倒・骨折を起こす危険性が高い高齢者には有効だということも報告されています。

 特に閉経後の女性は女性ホルモンの関係で骨の量が著しく減少します。一度は骨量を測定してみてはいかがでしょうか。


参考文献 小池達也:日本医事新報 2012462178-83.)