医療あれこれ

2012年11月アーカイブ

 1590年、ヤンセン親子により開発された顕微鏡は、急速な発達をとげ、生命体は細胞が集まって構成されていることや、レーウェンフックにより発見された微生物は何らかの病気を発生させてくるのではないかということが次第に明らかとなってきます(医療の歴史12参照)。しかし、18世紀まで、微生物などの生命は自然に発生するのではないかという説がありました。「汚い物からウジがわく」などという言葉はこれを物語っており、親はなくても自然に生まれる生物もいることが信じられていました。また食べ物が腐敗してくる原因は何らかの微生物のためだろうという推測はなされていましたが、その微生物は食べ物の中に自然に発生してくるのだろうと考えられていたのです。

 19世紀になって、この生物の自然発生説を否定するような色々な実験が行われました。その一つが肉汁の煮沸実験です。肉汁をそのまま放置しておくと腐敗してきます。この原因が肉汁の中に新たな微生物が発生したためかどうかを確かめるため、この肉汁を入れたガラス瓶(フラスコ)を一度煮沸して、ふたを密閉してしまうと腐敗しないという実験結果が発表されました。つまり煮沸することにより肉汁の中に存在する微生物を除去した後、密閉することにより外部から別の微生物が入らないような状態にしておくと肉汁は腐敗しないというものです。しかしこの実験結果には異論が唱えられました。煮沸して密閉すると外部の空気が入らないから、瓶のなかで微生物が生まれるための新しい空気が不足してしまった可能性はないのか?という疑問です。pasteur.jpg

 この疑問を見事に解決したのがルイ・パスツール(18221895)です。彼は鶴首フラスコと言われる実験器具を用いて、肉汁の煮沸実験を行いました。右の絵はその鶴首フラスコをもつパスツールです。フラスコの首を鶴のように伸ばして曲げておくと、空気は出入りするけれども微生物は混入しないようになっていました。その実験の結果、肉汁を煮沸した後、新しい空気が入る環境にしておいても、微生物が発生しないことが明らかになりました。つまり、生物の自然発生説が否定されたのです。

 パスツールのこの実験は、微生物学、細菌学の基礎を作り、その後の感染症克服に向けて医学の発展に大きく貢献する画期的なものでした。

COPDと口すぼめ呼吸

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 1114日は「世界COPDデー」でした。COPDとは慢性閉塞性肺疾患のことで、肺を構成している肺胞が破壊され、気管支の慢性炎症が進行していく病気です。慢性閉塞性肺疾患の英語名称の頭文字をとってCOPD(シー・オー・ピー・ディー)と呼んでいます。以前は、肺気腫という病気と、慢性気管支炎という病気の二つに分けられていましたが、特徴が共通していることから、COPDという統一した病名になりました。「世界COPDデー」は、世界的にこの病気を知ってもらい、注意を喚起することを目的として設定されました。吹田でも市民病院を中心にさまざまなイベントが開催されました。

 COPDの特徴は、息を速くはき出すことができないことです。「息をどれだけ速くはき出すことができるか」を示すのが呼吸機能検査で「一秒率」という項目で、簡単にいうと、一秒間にどれだけ息をはけるか、を示したものです。この一秒率が低下した状態を閉塞性障害といい、この状態が慢性に進行してくるのが慢性閉塞性肺疾患、つまりCOPDです。原因は喫煙や有毒ガスの吸入などですが、長年の喫煙という乱れた生活習慣が病気を起こすことから、生活習慣病としてとらえられています。

 一方、口すぼめ呼吸は呼吸テクニックの一つで、口笛を吹くように口をすぼめて息をはくと、息をはく時間が長くなり、ゆっくりとした呼吸リズムになります。COPDの患者さんに対して行う呼吸リハビリテーションの一つですが、患者さんは誰からも指導を受けていなくても自然に口すぼめ呼吸が身についていることが多く見られます。口をすぼめてゆっくり息をはくと、呼吸が楽になると直感的に体感し、無意識のうちに口すぼめ呼吸をなさっているのです。

 健康な人でも、激しい運動後や、緊張した時などに無意識に口すぼめ呼吸となっていることがよくあります。理論的には普通の呼吸よりも呼吸への負担は大きいとも思われます。しかし、その代償を払ってもなお、口すぼめ呼吸の方が「呼吸が楽だ」と感じて行うことにより、呼吸困難という不安を緩和している可能性があると考えられています。

 なお、一秒率を調べる呼吸機能検査はスパイロメーターという機器を使います。当院でも必要に応じてこれを使用して検査を行っております。


 女性ホルモンの低下によって、生理が止まるころから問題になる女性の更年期障害は、日常生活に支障をきたすようなものも含めて、さまざまな症状が発生します。一方で、甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症などの甲状腺疾患は女性に多くみられ、しかも更年期に多発します。また具合の悪いことに、更年期症状と甲状腺疾患の症状が類似していることから、両者を鑑別診断することが時に必要となってきます。

 例えば「汗がよくでる」「動悸がする」「不眠」「しびれ」などの更年期症状は甲状腺機能亢進症で見られるものと同じです。また「頭痛」「手足が冷える」「めまい」などの更年期症状は甲状腺機能低下症の症状でもあります。このようなことから、更年期の症状と思っていた女性が、実は甲状腺疾患だったという可能性が無きにしも非らずということになるのです。そこでこれら類似の症状がある時、念のため甲状腺機能の検査をしてみることも必要かも知れません。

 甲状腺機能検査としては、甲状腺ホルモンの遊離サイロキシン(フリーT4)と、下垂体から分泌されて甲状腺ホルモン分泌を促進する甲状腺刺激ホルモン(TSH)の2項目を取りあえず検査します。甲状腺機能亢進症では、もちろんフリーT4は増加していますが、このフリーT4増加を抑制しようとしてTSHは低下していることが特徴です。甲状腺機能低下症では、逆にフリーT4は低下し、これを正常にしようとしてTSHは増加しています。下の図は以前にもご紹介しましたがこれらの関係を示したものです。T3T4.jpg

 もし異常が発見されたとき、さらに精密な検査を追加して診断を確定します。甲状腺機能亢進症の多くはバセドウ病と呼ばれる疾患であり、甲状腺機能低下症は橋本病と呼ばれる慢性甲状腺炎であることがよく見られます。

 末廣医院では甲状腺疾患を専門として診療していますので、もし気になることがあればご相談下さい。

 白内障は年齢を重ねるに伴って増加してくる病気です。カメラでいうとレンズにあたる眼の水晶体が白濁してくるため、周りの物を見ても白くかすんだようになります。最近では、白内障の治療は白く濁った水晶体を摘出して、人工眼内レンズを挿入する手術が行われています。この手術は外来でもできるような手軽なものである上、手術によって術前とは全く違う明るい視野が広がり、手術を受けたほとんどの人は「やってよかった」とおっしゃいます。

Fx.jpg 一方、高齢者になると転倒のリスクが高くなります。この要因として、年齢を重ねるとともに足腰が弱ってくるということ以外に、視力の障害が強く関連しており、中でも白内障は転倒の原因として最も多いものの一つとされています。転倒すると骨粗鬆症など骨が弱っていることもあり、骨折の頻度が高くなります。同じ骨折でも、肋骨が折れたような場合などは、ほとんどは固定して安静にしていると自然に治ってくるようなものもあります。しかし「大腿骨頚部骨折」は最も重大で、太ももの中にある大腿骨という太い骨と骨盤との関節をつないでいる球状の部分の付け根が折れてしまうものです。(右の図)この骨折を起こすと、足がぐらぐらになって歩行することができません。ギプスなどで固定しても治らないので、歩くためには整形外科的に手術をすることが絶対に必要になります。

 この程、米国のブラウン大学の研究者が、「白内障手術で高齢者の大腿骨頚部骨折リスクが低下」という論文を発表しました。(JAMA 2012: 308: 493-501)これによると米国で65歳以上の白内障患者の5%に当たる1113640人の人を対象として調査したところ、41809人(36.9%)が白内障手術を受けていました。手術後1年間と、手術を受けていない人は白内障と診断されてから1年間の大腿骨頚部骨折発生率を比較した結果、手術を受けた人の大腿骨頚部骨折リスクは、手術していない人より16%も少ないことが判りました。さらに白内障でも重症の人に限って調べるとさらにこの傾向は強く、23%のリスク低下があったということです。

 白内障の手術と骨折の手術を比べると、はるかに白内障手術の方が手軽で、医療費も格安です。白内障手術は視力改善だけでなく、高齢者の骨折を減少させる上で費用効果の高いものであることが示唆される報告だと思います。