医療あれこれ

医療の歴史(140)最古の治療 瀉血(しゃけつ)

 紀元前400年頃の古代ギリシア時代、エーゲ海にあるコス島に医療の歴史に名を遺すヒポクラテスが生まれました。それまで迷信や呪術の世界にあった医学を、科学的な理論に基づいたものとしたことから現代でも「医学の父」、「医聖」と呼ばれている医療者です。(参照:医療の歴史(2))

ヒポクラテスの説では病気の発生は人の体内にある4種類の水分(体液)のバランスが崩れることによるものとするものです。4種類の体液とは、血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁であり、これを「四体液説」といいます。この4体液のうち1つでも過剰になると病気になると信じられていましたが、頭に血が上ると頭痛がおこるといった類の考えで、血液の過剰は多くの病気の原因とされていたのです。

 そこで過剰になった血液を抜き取ることにより病気の治療をすることを目的にした治療法「瀉血」が登場します。中世のヨーロッパではペストや天然痘のような感染症から、てんかんなどの神経疾患、痛風などの代謝疾患などあらゆる病気の治療に瀉血が用いられました。ご紹介したように外科医は刃物を使って医療をすることから外科医と理髪師は同業者と考えられていたこともあり(参照:医療の歴史(11)床屋外科)、理髪店の店先で瀉血治療がおこなわれていたといいます。

 しかしこの治療法は全く「根拠に基づかない」ものですから、病気を治癒させるどころかさまざまな弊害を引き起こしました。この犠牲になった人も大勢いたことでしょう。その典型例が、アメリカ合衆国の初代大統領であったジョージ・ワシントンンです。179912月、ワシントンはひどい喉の痛みを覚え、担当医師に大量の瀉血をおこなうように依頼しました。その翌日、彼は帰らぬ人となってしまいました。死因は大量出血によるもの失血死と当然想像されます。

 本年になって、「過去におこなわれた非人道的な5つの治療」という論文が公開されていますが、瀉血も当然この中に含まれています。

(MDLinx: Butkovic S Medically reviewed by Amanda Zeglis, DO, MBA, August 13, 2022)