医療あれこれ

医療の歴史(130) サルゴ裁判

 医療をおこなう上でまず医療者から患者に対して病状、治療の内容を詳しく説明して患者が了解し、医療がおこなわれることは当然のことであり、「インフォームドコンセント」という用語が使われます。この用語が医療裁判における判決文の中で初めて記載されたのが米国カリフォルニア州でおこなわれたサルゴ裁判です。

 55歳の男性マーティン・サルゴは数年前から歩行時に足の筋肉がけいれんするという症状を訴え、1年前から医師の投薬治療を受けていましたが、この症状は続き、その詳細な原因は明らかではありませんでした。そこで血管外科が専門のガーボード医師(スタンフォード大学教授)を紹介され受診したのです。サルゴ氏を診察したガーボード医師は、下肢動脈の造影検査をする必要があると説明し、もし動脈硬化が高度ならば血管外科手術で症状がよくなる可能性があるといいました。1954年1月6日に動脈の造影検査のため入院し、1月8日、検査は実施されました。特に問題なく検査は終了しましたが、翌朝サルゴ氏がめざめると足が麻痺して動かないことに気づいたのです。彼は病院に対して、検査の手技が不適切であったこと、およびこのような合併症が発生する可能性を知らされていなかったと損害賠償を請求して裁判所に訴えをおこしたのです。

 裁判所はサルゴ氏の訴えを認めて、医師がおこなった医療行為について、患者が同意するため必要な情報を説明したかったと述べました。血管造影検査によって麻痺がおこることは当時でも頻度は低いものの起こりうる合併症であることは知られていました。その可能性を検査前に十分に説明しなかったことは、医師が患者に対しておこなうべき義務に違反し責任を負うとして、インフォームドコンセントに必要な事実の十分な開示義務を医師側が追うことをみとめた判決となりました。これが公式に「インフォームドコンセント」ということばが用いられた初めての出来事でした。 1973年になって「インフォームドコンセント」はアメリカ病院協会が作成した患者の権利章典に明記されるようになったのです。

 一般にインフォームドコンセントは、患者と医師との関係を相互の信頼に基づいた関係であると考えられています。つまり診療に際して患者が医師から受ける説明は、その診療行為が患者に利益をもたらすものであるばかりのものではなく、場合によってはある程度の危険性があることも含むもので、患者はこの危険性についてにも同意することを意味します。今回の話題のサルゴ氏のように、万が一の不都合な結末になる可能性も含めて説明を受け同意することです。インフォームドコンセントは患者に利益をもたらす医療の原則ではなく、医療行為により不幸な結末に至った時にもすべてが医療側の責任ではないという裁判基準の原則と考えることができます。