医療あれこれ

医療の歴史(128)ナチス・ドイツの人体実験

人間の体が過酷な状態に置かれた時、どれだけそれに耐えることができるのかという疑問に答えることは通常ではできません。しかし第二次世界大戦中にナチス・ドイツがおこなった犯罪行為により多くのことが明らかとなってしまいました。通常では倫理的にできないユダヤ人その他の捕虜たちに対する人体実験です。1945年から始まった戦勝国アメリカを始めとする連合国による敗戦国ナチス・ドイツに対するニュルンベルク国際軍事裁判において人体実験という戦争犯罪の多くが明らかにされました。実験はドイツ人やそれに協力する医師たちが軍人からの要求に対しておこなわれました。

そのいくつかを紹介しますと、例えば毒ガス実験は、マスタード・ガス(毒ガス)を強制収容所の囚人の肌に塗って、毒ガスによる全身の火傷をおこし、どれだけ回復するかが観察されたのです。多くの被験者が死亡したのですが、遺体は解剖され臓器における障害の程度が詳しく観察され写真に収められました。

低体温実験は、戦闘機の空中戦で撃墜されたパイロットがパラシュートで冷たい北海に落ちた時、低体温状態でどれだけ生存できるかを調べるため、強制収容所の被験者に飛行服を着せ、氷水に何時間も漬け、それでも生き残った者を熱い湯につけて回復するかどうかが調べられました。

天然痘や発疹チフスなどの感染症を強制収容所の囚人にむりやり発症させ、ワクチンや治療薬の効果があるのかどうかが確かめられました。

毒物実験はロシア人の囚人に毒物が混入された食事が与えられ、死亡するのかどうかが確かめられ、生き残った者でも解剖して内臓の障害が確かめられました。これらの他にも10種類以上の人体実験がニュルンベルク裁判で明らかにされたのでした。これには1937年からドイツでおこなわれていた障害者や高齢者などを大量殺害した「安楽死」と呼ばれるものも含まれています。

これらの人体実験は検証するまでもなく倫理に反する犯罪です。しかし新しい医療を作り出していくためには、その医療法により傷病に陥った人を治癒させることができるのか、また安全におこなえる医療なのかを調べる必要があることは言うまでもありません。人に対する実験・研究をおこなうためには一定の条件が決められる必要があります。そこでまとめられたのが「ニュルンベルク綱領」と呼ばれる人体実験、臨床実験における倫理指針です。この中では、その研究が適切な方法で安全におこなわれるかどうかが定められていますが、もっとも重要なのは最初に述べられている「被験者の自発的な同意が絶対に必要である」ということです。この基本精神は前回の医療の歴史(127)でも触れましたが、被験者が自由な選択権を行使できることが必要となります。