医療あれこれ

医療の歴史(100) 赤痢菌を発見した志賀潔

 赤痢(せきり)という病気は、発熱と下痢をきたす消化管感染症ですが、赤痢菌が原因の細菌性赤痢と赤痢アメーバという微生物感染によるアメーバ赤痢の二つがありますが、通常は細菌性赤痢のことを「赤痢」と呼んでいます。感染症の分類では三類感染症に分類され発病が確認されると届け出が必要となります。60~70年前、衛生状態が良くなかった時代には多くの発病者がいましたが、その後激減してむしろめずらしい感染症になっています。しかし時に集団感染などもあり注意が必要な病気です。

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 この赤痢菌を発見したのは日本人の志賀潔です。志賀潔は仙台の出身で、東京大学医学部卒業後、北里柴三郎の伝染病研究所、北里研究所で細菌学と免疫学の研究に従事しました。1897年に人の消化器に急性感染症を発症させる赤痢菌を発見しました。赤痢菌にはいろいろな種類がありますが、志賀潔が発見したものは志賀赤痢菌と呼ばれています。この細菌の学名も志賀の名前をとってシゲラ(Shigella)といいます。この菌は食物や水などを介して経口的に感染し、体内で毒素を作りますがこの毒素はベロ毒素と呼ばれています。細菌性赤痢の発症数が減少した現代では、ベロ毒素といえばO-157などの腸管出血性大腸菌感染で体内で作られるものとして有名になってしまいましたが、細菌性赤痢の毒素も同じものです。血管内で赤血球が溶けてしまう溶血性貧血、腎臓機能の障害、血小板減少という三大症状からなる溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こします。この毒素も志賀潔の名をとって志賀毒素(シガトキシン)といわれることもあります。

 一つの病原体を発見することは偉大な業績ですが、前回ご紹介した野口英世や、志賀潔の恩師である北里柴三郎をはじめとしたこの頃の偉大な日本人研究者がノーベル賞など世界的な評価を受けることはありませんでした。志賀潔は1957年故郷の仙台で85歳の生涯を閉じました。