医療あれこれ

新型コロナウイルスとペスト流行

 今、新型コロナウイルス感染症の大規模な感染が問題になっていますが、さらなる感染拡大を抑止するため学校の休校や流通を制限するなど抑制の社会情勢も関連して、70年前に出版された「ペスト」という小説が評判になっているそうです。

感染症のペストは以前にこの項でもご紹介しましたが、ペスト菌に感染したネズミを噛んだノミが媒介してヒト発症する病気です。歴史上ではこれまでに何度も世界的大流行が起こったことが知られていますが、なかでも14世紀のヨーロッパでの大流行はペスト感染による死亡者が2500万人を超えて全人口が半分に減少してしまったのです。この感染症がヨーロッパにもたらされたのは東方からであることを知ったイタリア(ヴェネチア)では、東方からの交易船を直接入港させず40日間港外に停泊させ疫病の発症者がいないことを確認した後に入港を許すという政策がとられ、これが現在の検疫の始まりということをご紹介しました。

(参照:医療の歴史6ペスト大流行、デカメロンと検疫 ← クリックしてご覧ください)

一方、小説の「ペスト」はフランスのノーベル文学賞作家であるアルベール・カミュ原作で、出版されたのは70年前の1947年です。アルジェリアのオラン市に発生したペスト流行に対して、牧師、医者、市民などあらゆる市民が一致協力して立ち向かうことが描かれています。その中で、ひょっとしてこれは2020年のことなのかと思ってしまうような出来事がいくつも表れます。

伝染病を予防するにはアルコールがよいというので飲酒を勧める宣伝がなされたり、ある種のドロップが病原体に効くという評判からドラッグストアーの棚からドロップが消えてしまったりしたなどです。また、町から出るのにペストにかかっていないという証明書を医者に求めた人が、それはできないと断られるくだりは、感染を心配してPCR検査を希望しても検査してもらえない現在の状況に似ています。

 これらとは別に、古来からの言い伝えである「魔女狩り」は興味深いものがあります。新型コロナウイルス流行の原因をつくったのはいったい誰なのかという論戦はまさに「魔女狩り」ですが、中世のヨーロッパでは、魔女の手先といわれていた猫が大量に虐殺され、これが原因でネズミが大発生してペストの大流行が加速したという関連は偶然なのでしょうが。

 フェイクニュースやデマが何の疑いもなく世間の人々に信じられてしまうなど、人間はいつの時代も変わらないということを70年前からカミュは示していたのでしょう。さらに日本でクルーズ船の乗客・乗員が船中に留め置かれ、結果的にですが新型ウイルス感染者が増加してしまったということからは、中世のペスト時にヴェネチア港外に留め置かれた東方からの交易船の乗員は一体どうなったのかと思ってしまいます。