医療あれこれ

血液脳関門について(再掲)

 脳は人の生命を維持するために最も重要な臓器で、血液から糖分を中心とした栄養が運び込まれます。しかし脳細胞にとって害になるような異物などが血液中から自由に出入りするとたちまち脳機能の障害がおこり生命維持に支障をきたすことから、血液と脳の間には関所(関門)があり物質の自由な出入りができない仕組みができているというのが血液脳関門の理念です。解剖学的にみると血管の一番内側に存在する内皮細胞がその役割を持っており、血液中から脳機能維持に必要な物質が脳内に流入し、逆に脳細胞から血液中への分泌が必要な物質は自由に血液中に出ていくことになります。中枢神経系でホルモンが分泌されている下垂体の血管はこの血液脳関門の機能が弱く、下垂体で生成されたホルモンは自由に関門を通過して血液中に分泌され、そのホルモンの標的臓器まで血流によって運ばれるという仕組みになっています。

 血液脳関門の理念が発見されたのは古く17世紀に、イギリスの医師で神経解剖学を著したハンフリー・リドリーとされています。彼は実験動物に身体にとって有害な水銀を静脈内に注入すると脳細胞には入らず血管内に留まったことを著書の中で述べています。その後19世紀になって、エドウィン・ゴールドマンは、実験動物の脳室内にトリパンブルーという青色色素を投入したところ、これにより脳細胞は染色されるのに対して末梢臓器は染色されず、脳の血管と血液とは隔離されていることを見出しました。

 血液脳関門の機能変化は脳におけるさまざまな疾患発症の原因となります。例えば認知症のアルツハイマー病では脳にアミロイドβという異常タンパクの蓄積がありますが、これはアルツハイマー病において血液脳関門の機能変化によりアミロイドβが脳から血液中に排泄される機能に変化がおこるためと考えられています。

逆に神経系疾患治療のため薬物を投与しても血液脳関門を通過しないため薬物効果が発現しないため一工夫が必要な場合も考えられます。パーキンソン病という神経疾患は、中脳の黒質で生成分泌される神経伝達物質であるドパミンが不足するため手が震える振戦という症状や筋肉が固く関節が動かしにくい症状などが出現します。そこでこの病気を治療するためドパミンを製剤にして投与しても効果はありません。ドパミンが血液脳関門を通過しないためです。そこでドパミンの前駆物質で血液脳関門を通過することができるLドーパを投与すると、脳に入って代謝されドパミンができるという仕組みで神経症状が改善するのです。

髄膜炎などの神経系感染症でも、治療のため投与される抗菌剤が効果的に作用を発揮するためには、この薬剤が血液脳関門を通過する作用のあることが必要になります。このように原因の詳細が明らかではない神経系疾患の原因究明や新たな治療法開発を目的とした血液脳関門に関する研究は続けられています。