医療あれこれ

血液と血管(7) アスピリンの血栓予防

 これまでにご紹介しているように、アスピリンには血小板でトロンボキサンという血小板を固まらせる作用のある物質生成を抑制して、血小板凝集を抑制する作用があります。しかもそれまで痛み止めとして用いられていたアスピリン投与量よりはるかに少ない量で血小板凝集には有効だということが判りました。そこで考えられたのは脳梗塞や心筋梗塞など血栓症によって発症する病気の予防に、あらかじめ少量のアスピリンを投与しておいてこれらの病気を予防しようという取り組みです。

 脳梗塞や心筋梗塞を発症したけれど幸い大事に至らなかった人に対して、これらが再発することをアスピリンにより予防しようという、いわゆる二次予防の試みは、ずいぶん以前から実際の臨床に取り入れられ、大規模な臨床研究でもその有効性が確認されていました。

このアスピリンによる血栓症に対する二次予防の考え方をさらにすすめて、血栓症は発症していないけれど、そのリスクがある人にアスピリンをあらかじめ投与しておいて、はじめから脳梗塞や心筋梗塞の発症自体を予防しようとする一次予防にも発展させてはどうかと考えられるようになったのです。用いられるアスピリン量は少量ですから、これによる出血の副作用は心配しなくていいだろう、そして血栓症を予防することができるのではないかという考え方に基づいています。コレステロールが多くて動脈硬化が進んでいる人や、高齢者にアスピリンを予防的に投与する試みは以前からなされていました。

このアスピリンによる血栓症一次予防治療が確かなものかは、学術的に確立された計画に基づいた臨床試験でその有効性を確認する必要があります。血栓症という病気がまだ発症していない人に、抗血小板薬のアスピリンを投与するわけですから、確実な有効性が証明できる、あるいはその有効性はわずかに残る副作用の心配をとりのぞけるものでなくてはならないのは当然です。近年、日本において、このアスピリンによる心血管疾患の一次予防の有効性を確認するための二つの大規模試験が実施されました。さてその結果は?というと、残念ながら出血という副作用発現リスクに比べて心血管疾患発症予防効果は少ないというものでした。つまり簡単にいうと病気がまだ発症していない人にアスピリンを投与しても期待される効果はないということです。実験研究の開始当初は有効性が証明できそうな傾向があったのですが、症例数を集めて研究すると有効性は証明できなかったという結論に至ったとのことです。

海外の心臓病学会や動脈硬化学会でもそれまで、アスピリンを一次予防に投与することを推奨していましたが、この結果を受けて、推奨しないと変更されることになってしまったのです。しかし繰り返しになりますが、一度、心血管疾患を発症してしまった人に対する再発予防にアスピリンが有効であることは間違いなく、今後はさらに適切な使用が望まれるところです。

(引用文献:日経メディカル 20175月号、P5054.)