医療あれこれ

血管と血液(14) 背広を着た縄文人

 今回のタイトルにある「背広を着た縄文人」は、鹿児島大学 丸山征郎先生の著書タイトルです。 (丸山征郎著 背広を着た縄文人 - 縄文から現代における環境変化と人類の病気 SRL 2003年)

これは古代人が生存していくために獲得した人間の機能が、現代の生活環境に当てはめると病気のもとになってしまうということのたとえです。古代人がタイムスリップして現代にやってきたとすると、たちどころに病気になってしまうというものです。わかりやすい例で説明すると、古代人が生存した時代は、生命を維持するために必要な栄養分の確保、食物の獲得に苦労したわけで、飢餓との闘いにおいて古代人にはわずかな栄養分でも血液中の糖分を維持してエネルギー源を確保する代謝機能が備わってきました。この機能は飽食の現代食生活におきかえると糖分過剰となり、糖尿病の原因になってしまうというものです。

 この古代人と現代とのミスマッチは、糖尿病などという代謝・栄養関係の事項だけではなく、血液を固めるシステムにおいて大きなミスマッチを惹き起こします。古代においては現代のような十分な装備がないまま、自然の猛威などでケガをすることが多かったでしょう。すると出血が生じてへたをすると出血のために生命をおとす危険が生じてきます。このため人間には、出血をとめる機能、つまり止血機能が備わったのです。しかし現代における普通の生活では古代のように常々ケガとの闘いを気にする必要がなくなって、十分に出血を止めるために備わった止血機構が過剰になってしまいました。それが原因で、ケガによる出血が起こらないうちに血管の中で血液が固まり、血栓が生じてきます。その結果、脳梗塞や心筋梗塞が発生する要因が出来上がってきます。一方で、血管がすぐに破れないように血管壁を丈夫にすることがこうじて動脈硬化が発生し、血管の病気が発症してくる要因となります。

 これまでにこのシリーズでご紹介した止血機構は過剰に血液を固めるようにできています。血管内を流れる血小板数は止血に必要な最小限の数を大きく上回っています。血小板数正常範囲の下限は血液1ミリリットルあたり12万~13万個以上ですが、常日頃出血がおこらないために最低限必要な数は3万~5万個と思われます。血小板数が減少している疾患の患者さんは、血小板数が5万個もあれば、皮膚表面の出血は出現しません。

 また血液凝固に必要なタンパク質である凝固因子は、正常の人を100%として、先天的な凝固因子欠乏症である血友病の患者さんが常々出血をきたす凝固因子レベルは3%以下です。少なくとも10%もあれば日常生活ではほとんど出血は見られません。このように人間の血液は、出血を止めるのに必要なレベルを大きく上回る止血機能を持っています。背広を着た縄文人が現代に来ると即座に血栓症の危険に遭遇することになるのです。