医療あれこれ

血管と血液(12) 画期的な新しい血友病治療薬

 血友病症例の多くを占める血友病Aは第Ⅷ凝固因子が先天的に欠乏・欠損している病気で、出血症状の予防治療に用いられる薬剤は、第Ⅷ因子製剤、つまり不足している凝固因子の補充療法が用いられています。第Ⅷ因子製剤は古くは、人の血液成分(血漿と呼ばれる凝固因子を含む液体成分)を原料として作られたものでした。凝固因子は不安定なため加熱処理などさまざまな刺激を与えると凝固因子活性が低下してしまうことから、当初は供血者から入手した血漿をそのまま精製して製剤を製造していました。このため血液中に存在するウイルスなどが製剤に混入し、その製剤の使用によってB型肝炎やC型肝炎といった肝炎ウイルスやエイズ(後天性免疫不全症候群)の原因であるHIV(人免疫不全ウイルス)の感染がおこってしまいました。特にこの凝固因子製剤におけるHIV感染は薬害エイズ事件として大きな社会問題になりました。

 その後の技術の進歩によって凝固因子の活性を保ちつつ病原体だけを加熱処理で不活化・除去することが可能になり、感染症のリスクがない加熱処理製剤が作られるようになりました。現在は遺伝子組み換え操作技術により人の血液を原料としない製剤が大部分の血友病患者さんに使用されています。

 血友病によって関節内出血が発生した場合には、時を移さず凝固因子を投与すると出血がおさまり、関節障害の後遺症が軽減されます。このため血友病患者さんには自分自身で製剤の注射ができるよう、自宅自己注射が認められています。糖尿病の患者さんがインスリンを自分で注射するのと同じですが、糖尿病で用いられるインスリンは皮下注射ですので操作は比較的簡単であるのに対して、血友病の自己注射は静脈内注射であるため、手技が少し難しくなります。それでも大部分の血友病患者さんは自分自身で、あるいはご家族が製剤の静脈注射を自分でおこなっています。

 現在は、定期的に凝固因子製剤を輸注し、血液中の凝固因子レベルをある程度維持することによって、出血を防止する定期補充療法が血友病治療の中心になりました。しかし注射するという手技的な問題だけでなく、輸注した第Ⅷ因子の効果が血液中では10時間後には約半分になってしまうため、週に23回程度の自己注射をしないと十分な凝固因子の量を維持できないことが血友病治療の課題として残っています。さらに、この凝固因子製剤の補充療法では、一部の人に凝固因子に対する抗体(インヒビター)が発生し、注射した凝固因子の活性が上昇しなくなる(効果がなくなる)場合があります。インヒビターが出現すると通常の凝固因子製剤では出血を抑えることができず、別の凝固因子を使った特殊な方法で止血することが必要になります。このインヒビター発生も血友病治療の大きな課題です。

 本年(2018年)、この血友病Aの全く新しい治療薬として、エミシズマブ(商品名:ヘムライブラ)が登場しました。このエシミズマブは第Ⅷ因子と同じ働きをする薬剤ですが、基本的には凝固因子そのものではありません。そのため、注射方法が静脈注射ではなく、手技が簡易な皮下注射でよいこと、長期間作用するため、週に何度も注射する必要がないこと、インヒビターが出現した血友病A患者さんにも同じ効果があることなど、多くの利点があります。兵庫医科大学血液内科で血友病治療などを専門にしている日笠聡講師は「これはまさに革新的な治療で、歴史的な新しい血友病治療の幕開けだ」と述べられています。