医療あれこれ

医療の歴史(29) ペニシリンの実用化

 前回の医療の歴史でご紹介したように、1928年フレミングにより発見されたペニシリンは、当初傷口の化膿を抑える塗り薬として作られたため、傷口にはよく効きましたが、現在のように内服薬や注射薬として作られませんでした。そのため細菌を死滅させる優れた抗生物質の世界初の大発見は、医学会ではあまり注目を受けていなかったそうです。

 その後、フレミングによって著されたペニシリンに関する論文に注目したのが、イギリスのオックスフォード大学教授であったハワード・フローリー(18961968)です。あたかも第二次世界大戦の真っ最中にあって、ナチスドイツによるヨーロッパの武力制圧が進んでいた時で、フローリーはナチスから逃れてイギリスで研究生活を送っていたユダヤ系ドイツ人のエルンスト・チェーン(19061979)らと、ペニシリンの研究チームを作りました。そしてナチスドイツの空爆をかいくぐって続けられた研究の結果、ペニシリンの注射薬が開発され、1940年、最も権威ある科学雑誌に、ペニシリンは全身に強力な抗菌効果を持つことが発表されました。

 第二次世界大戦で多くの戦傷者を出していた欧米各国は、戦時の政策として、武器の開発とともに、ペニシリンの大量生産技術の開発に力を注ぐことになりました。その結果、それまで戦傷により亡くなっていた多くの人命を救うことになったのです。

 日本の降伏により第二次世界大戦が終結した1945年、ペニシリンの発見者フレミング、そしてそれを用いた治療法を確立したフローリー、チェーンの3人はそろってノーベル賞を受賞したのでした。