医療あれこれ

医療の歴史(19) ワクチンの開発

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 前回、ご紹介したルイ・バスツールは生物の自然発生説を否定したというだけではなく、多くの発見をしました。ワインを醸造するとき腐らないように55℃以上で熱する方法(低温殺菌法)の発見や、絹の製造業者たちの悩みであったカイコの病気はある種の寄生虫が原因であることを発見するなど、彼の元に持ち込まれるさまざまな難問を解決して行ったのです。

 しかしパスツールの医療における最大の業績は、ワクチンによる予防法に道を開いたことです。狂犬病は、狂犬病の犬に噛み付かれた人が、水を恐れて決して飲もうとはせず、ほとんどが死に至ることから、恐水病などとも呼ばれ、致死的な病気でした。狂犬病の原因は狂犬病ウイルスであることは、その後、明らかにされていますが、パスツールはこれを狂犬病の原因になる毒のようなものと考えました。これを何倍にも薄めて犬に投与しておくと、狂犬病に対する抵抗力がつくのではないかと考えたのです。病原体を薄めて発病しない状態にしたものを投与して病気の発生を予防するということは、今で言う「ワクチンによる免疫」に他なりません。そのワクチンを投与された犬と、投与していない犬の二つの群に、狂犬病ウイルスを投与すると、ワクチンを投与されなかった犬は皆死んでしまいましたが、投与された犬は健康な状態を示すことが判りました。

 ただし、この狂犬病ワクチンを人に投与することは簡単にはできません。もし効かなかったら、投与された人は死んでしまうからです。そんな時、一人の男の子が狂犬に噛まれて運び込まれてきました。そこでパスツールは、その男の子にワクチン注射を行う決心をしたのです。その結果、男の子は命を救われベッドの上ではしゃいでいたそうです。このニュースはヨーロッパ中に広まり、パスツールの所へ野良犬に噛まれた多くの人が押しかけました。1885年のことでした。

 現在では、狂犬病ワクチンは飼い犬には接種が義務付けられており、特殊な場合を除いて人に投与することはありません。しかし、これらの発見は今日の免疫学の基礎を築いていくことにつながっていきました。