医療あれこれ

医療の歴史(17) 病理解剖学の確立

 人体解剖には、医学・医療を学ぶ学生たちが人体の構造を理解するために実習する「解剖学」、原因不明で突然死した人の死因を解明するために行う「司法解剖」あるいは「法医解剖」、さらにある疾患の治療中であった人が不幸にも死の転機をとられたとき、生前に診断・治療を受けていたことの妥当性を調べる「病理解剖」などがあります。このうち「病理解剖」は医学の発展自体に必要不可欠で、これによりさまざまな疾患の原因や病態が解明されてきました。病理解剖することによMorgagni.jpgり生前、臨床医の医療が適切であったかどうかを調査することにもつながり「剖検」とも言われています。この「病理解剖学」を確立させたのが、18世紀イタリアの解剖学者のジョバンニ・バチスタ・モルガーニ(16821771)です。

 18世紀は、医療の歴史(16)でご紹介したオランダのブールハーヴェが医学界の最高峰として注目されていた頃です。モルガーニはひとりコツコツと多くの疾患で亡くなった人の解剖を続け、生前の病状と解剖の所見を詳しく比較検討し、疾患の病態解明をしていったのです。そして1761年、モルガーニが79歳という高齢になったとき、「解剖によって明らかにされた病気の座と原因」と題する18世紀で最も傑出した医学書を著しました。この本は実際のあらゆる疾患について記されており、ある病気は決まった場所に決まった病変として現れることをつきつめています。例えば、脳卒中という病気は、脳の血管が断裂して出血を起こしたか、脳の血管が閉塞して脳細胞が酸素欠乏に陥って発症することはご存知でしょう。これについてモルガーニは、脳卒中はそれまで考えられていたように脳が損傷されるだけでなく、血管が障害されて起こることを初めて述べています。さらに脳卒中による片麻痺(半身不随)の神経症状は損傷を受けた側ではなく、反対側に生じることを明らかにしました。

この本の中でモルガーニは、これまで医療の歴史で紹介してきた物理学的医学、化学的医学、さらにブールハーヴェのような折衷的理論のように、病気の発生がどのような理論的原因で起こるのかについては一切触れていません。ただ単に、臨床症状と解剖所見の事実だけを淡々と記載しているのです。このように、事実だけを述べることは学問的に重要で、医学・医療には注意深い観察が必要であることを説いています。これがその後、臨床医学の世界に受け継がれて、医学という学問を「実証的科学的医学」へと導いていったのでした。