医療あれこれ

医療の歴史(113) インターン制度

 医療の歴史(105)でも述べましたが、第二次大戦後の日本では、医学部を卒業して医師国家試験に合格し医師免許を取得するまでに1年間の実地修練制度がありました。戦時中に諸外国との接触がない間に日本の医療レベルは欧米に比べて大幅に遅れていたのです。これを是正するためマッカーサー率いるGHQは終戦直後の1946年、医師国家試験の実施を指導しました。国家試験受験までに、大学の医学部を卒業した後、1年以上の診療および公衆に関する実地修練が義務付けられました。この1年間がいわゆるインターンです。インターンは国家試験合格前ですから当然医師免許は取得しておらず医師ではありません。しかし実際にはインターンは医療行為をおこない、もし何らかのミスがあった時にはその責任者は誰になるのか、また大学を卒業しているのに無給であったことなど、さまざまな問題点がありました。

この制度廃止を目指して1967年、東京大学のインターンなどが中心になって、医師国家試験ボイコットがおこったのです。このことがきっかけで、安田講堂封鎖事件で有名な東大紛争がおこり、1968年インターン制度は廃止され、卒後すぐに国家試験に合格すれば医師免許を取得することができるようになったのです。しかし卒後すぐの医師が十分な経験なしに適切な医療行為はできないことから同時に2年間の臨床研修制度が創設されました。しかし当初この研修制度は努力規定であり、研修医なしでも臨床医として医療に従事することができたのです。研修先の医療施設では、研修医は一人前の医師ではないことから適切な給与が支払われず、研修医たちは兼業(アルバイト)で生計を立てていました。2004年になって適切な医師養成のために新医師臨床研修制度が作られました。これによると診療に従事しようとする医師は2年以上の臨床研修を受けなければならないと必修化されたのでした。

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 1960年代の初め人気があったアメリカの医療系テレビドラマに日本でも放送された「ドクターキルディア」がありますが、主人公はインターンという設定でした。同じころさらに視聴率が高かったドラマが「ベン・ケーシー」ですが、ヴィンセント・エドワーズ(右図)扮するこちらの主人公はインターンを済ませた青年医師でした。なお「ケーシー」という名前は現在でも使われていて、医療者がきる白衣で、写真のように丈が短い半袖で、首部分がタートルネックのようになっているものをいいます。