医療あれこれ

口から食べて健康維持

 口の機能が低下すると健康障害につながることが知られています。う歯(虫歯)や歯周病は摂食が障害され、食事量の低下や偏食から低栄養状態に至ります。また言語の障害があると特に高齢者などで人との会話をさけるようになり、ひきこもりなど社会的影響なども加わり全身の機能低下を招くことになります。こうしたことから経口摂取の障害により認知機能の低下やひいては死亡リスクが高まることが想定されます。

 たとえ口からの栄養が制限されていてもチューブ栄養など腸管へ直接栄養分を送り込めば栄養学的には問題はないだろうとも考えられますが、口から食べないことで全身的な影響が出る可能性を示す研究データも公表されています。東京都健康寿命医療センターの研究者は、口から食事しないことは甲状腺ホルモン分泌が障害される可能性があることを述べています。

(Iimura K. et al. J of Physiological Science, 2019, 69, 749-756.)

 これは動物実験からの検討結果ですが、麻酔したネズミの咽頭に軟らかいバルーンを挿入して食べ物を嚥下した状態の刺激を与えます。これにより甲状腺ホルモン分泌が刺激前に比べて約2倍に増加したといいます。さらに喉の刺激情報を脳に伝達する上喉頭神経を切断した場合、この甲状腺ホルモン増加が完全に消失したそうです。ここでいう甲状腺ホルモンは、全身の代謝を高めるサイロキシン、およびカルシウム代謝を増強して骨を強くするカルシトニンという2種類のホルモンが測定されていますが、いずれも人に置き換えて考えると全身機能を高めると想定されます。つまり口から食事をして喉を刺激することにより全身機能亢進から健康維持に役立つと思われます。

 昔は「食は命」などと口からものが食べられなくなったときには寿命は終わるとされていました。ところが現代では、たとえ経口摂取ができなくても経静脈栄養やチューブ栄養その他で必要な栄養分を人に与えることはできるようになっています。しかし普通に食事して口から栄養分を摂取することが、特に高齢者にとっては健康維持のために重要であることを示していると考えられます。