医療あれこれ

iPS細胞の臨床応用

 昨年、京都大学の山中伸弥教授がノーベル賞を受賞したiPS細胞(人工多能性幹細胞)。以前にも少し述べましたが、これによって今すぐにでも夢のような医療が可能になったと考えられがちですが、実際に一般の臨床で応用されるようになるためには、もう少し時間がかかると思われます。

 まず、傷んでしまった体の臓器を健常な人から提供を受けた臓器で置き換える移植医療です。ほかの人から提供を受け移植された臓器は、移植を受けた患者さんにとって他人のものですから、患者さんの免疫が作用して、この臓器を傷害してしまう拒絶反応が問題となり、これを抑制するために免疫抑制剤の投与などさまざまな工夫がなされています。しかし患者さん自身の体の細胞から作り出されたiPS細胞は自分の体由来のものですから、この拒絶反応の心配が少ないことが理論的には考えられます。そこで無限にさまざまな細胞に増殖していくiPS細胞を用いた移植療法は最も期待される先進的医療になります。国内では数年から10年以内を目標にこの細胞移植療法の臨床研究が計画されています。このうち最も早い計画は、年齢を重ねると眼底にある網膜が変性して失明の原因ともなる加齢黄斑変性症の患者さんに対して、移植する臨床研究が2013年に開始予定だそうです。また糖尿病のうち、インスリンを作り出すはずの膵臓のランゲスハンス島にあるβ細胞が傷害されて、高血糖が持続するタイプの糖尿病患者さんに対しては、iPS細胞によりこのβ細胞を再生させることが確実な治療法として開発に向けた研究が進められている他、パーキンソン病の原因となる神経細胞の再生、肝臓疾患に対する肝細胞、腎臓疾患に対する腎細胞、さらに不足している輸血用の赤血球や血小板などの血液細胞を作り出すなどの研究が進められています。

 これらの細胞移植療法だけではなく、病気の原因を追求するために必要な、疾患モデルの作成に応用することが試みられています。例えば難治性の神経細胞変性疾患である筋萎縮性側索硬化症(ALS)は原因不明のまま全身の筋肉が動かなくなってしまう病気ですが、患者さんの皮膚細胞からiPS細胞を作り出して神経細胞へ分化誘導し、病気の原因を究明する試みが5年前から進んでいます。

 その他、iPS細胞から作り出した臓器の細胞を用いて、薬の副作用である薬剤毒性のメカニズムを研究することが考えられます。この方向で最も進んでいるのが、心臓の筋肉、心筋細胞で、人に薬剤を投与してみることなく、心毒性を評価することが可能になります。

 このように多方面にわたって治療法、診断法さらに治療薬の開発が盛んに研究されていますが、これらの研究には資金が必要です。政府もこのiPS関連の研究に多くの予算を付けることを考えているとのことです。