医療あれこれ

2015年3月アーカイブ

糖尿病性認知症

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 糖尿病は、アルツハイマー型認知症や血管性認知症の危険因子であることを以前にご紹介しました。(医療あれこれ 2012318)最近、糖尿病が危険因子となってアルツハイマー型認知症を合併したと診断されている例や、同じく糖尿病が原因の脳血管性認知症とされているもののなかに、アルツハイマーや血管性認知症とは異なる「糖尿病性認知症」と呼ぶべき病態のあることが明らかとなってきました。血管性認知症では、脳血流検査で大脳のある部分に血流障害が証明されますし、アルツハイマーではアミロイドという異常タンパクが集積されているのですが、これらの変化が全く認められない糖尿病に合併した認知症なのです。これも以前に老化物質としての糖化反応最終産物(AGE)についてご紹介しましたが(医療あれこれ2013113)、この糖尿病性認知症では、AGEの一つであるカルボキシルメチルリジン(CML)の血中濃度が上昇している特徴があります。

 この糖尿病性認知症の臨床的特徴は、高齢の患者さんで、ヘモグロビンA1cが特に高値である、インスリン治療を受けている、糖尿病を発症してからの期間が長い、進行がゆるやかである、などの特徴があります。このため治療としては、食後の高血糖を下げ、血糖値の日内変動を抑制し、治療の効きすぎによる低血糖を避けることなどが求められます。

 今後されに検討が必要ですが、より厳密な糖尿病コントロールを行い、そのために必要な新薬を含めた適切な使用が重要になってくると思われます。

文献:羽生春夫他:日本内科学会誌、2014; 103: 1831-8.

 マラリアは古来、「瘧疾(ぎゃくしつ)」、「わらはやみ」あるいは「えやみ」と呼ばれていたものです。マラリア原虫の感染症で、熱帯地方に多く生息するハマダラ蚊が媒介して感染します。周期的に40℃にもおよぶ戦慄(体の震え)をともなう高熱が出て、45時間続いたあと突然平熱に戻りますが、34日後再び高熱が出るという状態を繰り返します。高熱がでる周期により「三日熱マラリア」「四日熱マラリア」などの種類があります。昔はそのまま放置すると貧血をともない全身衰弱で死亡してしまうという恐ろしい感染症でした。昭和に入ってからでも太平洋戦争の南方戦線においてマラリアのため多くの兵士が戦病死したことはよく知られています。しかし現在ではキニーネなどの治療薬があり死に至ることはまずありません。

 古代には、大宝律令の「医疾令」に「瘧疾」の記載があり、当時はごくありふれた、しかし重体におちいる病気であったようです。平安時代では「源氏物語」に「わらはやみ」にかかった人に加持祈祷で治療したが効果がなかったなどのことが書かれています。皇族では敦良親王、そのほか貴族では九条兼実や藤原定家など多くの有名人が瘧疾にかかった記録があります。なかでも伝説になっている

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有名人でマラリアのため死亡したと推測される人物は平清盛(右の絵)です。

 平安時代末期の保元の乱(1156年)、平治の乱(1159年)で、源義朝を統領とする源氏との戦いに勝利した平家の統領、平清盛(11181181)ですが、実は白河上皇の落胤だったと言われています。そのため異例の出世を果たし、右大臣、左大臣を飛び越えて従一位・太政大臣になりました。娘の徳子を高倉天皇に嫁がせ、その子を安徳天皇として皇位につけ権力を誇りました。しかし1181年、頭痛から始まった高熱発作で意識不明となり死亡したと記録されています。直前には身体の熱さは火をたいたようで、比叡山から取り寄せた冷水をかけるとたちまち熱湯になったといいます。発熱の原因疾患は猩紅熱だったという説もありますが、マラリアに罹患したのだという説が有力です。

 痛風は血液中の尿酸値が高くて、関節包内に結晶となって沈着します。それが原因で急性関節炎を発症すると、関節が痛く、腫れてくるのですが、その痛みが激しいことから風にあたっても痛いというので痛風という名前で呼ばれています。

 最近、この痛風の原因となる尿酸に抗酸化作用のあることが解ってきました(2014629「尿酸には強力な抗酸化作用がある」参照)。抗酸化作用は、酸化ストレスとして、神経細胞が障害されてくる変性疾患を助長することが知られていますが、尿酸の抗酸化作用はこれを抑制するというのです。つまり血液中の尿酸値がある程度存在することにより、酸化ストレスが抑制され、神経細胞の変性が抑制され、これが原因で発症するアルツハイマー型認知症の発症が抑制されることが想定されます。

 この度これについて、米国ハーバード大学から、大規模臨床試験の成績が発表されました。それによると、痛風患者約5万のうち300人が、痛風でない人24万人のうち1940人が新たにアルツハイマー病になったというものでした。これを統計学的に解析すると、痛風になるとアルツハイマー病になるリスクが24%低下することになります。

 今回の結果から考えられることは、血液中の尿酸値が高いと、アルツハイマー病にはなりにくいが、痛風の関節炎を発症してしまいます。逆に尿酸値が低すぎると、抗酸化作用の不足からアルツハイマー病などが発症しやすくなるということを推測させるものです。抗酸化物質としてよく知られているものに例えばビタミンCなどがありますが、これらに比べて尿酸の血中濃度ははるかに高いことから、尿酸値のわずかな変動が抗酸化作用を大きく変化させ、酸化ストレスに影響を与えることが大きいと想像されます。しかし、両方のバランスを考えるとやはり血液中の尿酸値は適切な治療などにより正常範囲を保っておくことが重要だと思います。

引用文献:Na.Lu et al. Ann Rheum Dis (2015.3.4. オンライン版)

 平安時代は、王朝貴族が政権を握り優雅な社会情勢がイメージとして浮かびますが、実際は毎年のように異常気象や疫病の流行が繰り返されていました。なかでもそれまでに藤原一族が次々と罹患し命を落としていった天然痘(痘瘡)(医療の歴史47医療の歴史48参照)は、全国的な大流行を繰り返していました。中央政府は限られた地方の流行であれば食料などをふるまうなどの対策が立てられますが、全国的な広がりとなると、医療はもちろん公衆衛生的な施策をすることは不可能で、神仏に頼ることしかできませんでした。

 また861年における赤痢の流行は病名が記録に残っています。赤痢にはアメーバ赤痢という寄生虫が原因で発症するものと、赤痢菌が原因の細菌性赤痢がありますが、多くは細菌性赤痢だったのでしょう。食物や水から消化管に感染する食中毒で、高熱、激しい腹痛、下痢、血便が続きます。京やその周辺の村で大流行し、多くの子供が亡くなったといいます。

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 冬季になると、高熱と咳が続く咳逆(しはぶき)という一種の流行性感冒がたびたび流行しました。インフルエンザだったかも知れません。おびただしい数の死者があり、1011年には時の一条天皇が32歳でこの「しはぶき」により亡くなったことが平安後期の歴史書「大鏡」に記されています。

 その他のウイルス性疾患としては麻疹の流行もたびたび発生しました。なお麻疹を「はしか」と称するようになったのは鎌倉時代になってからのことです。平安時代で記録に残る大流行は歴史書「扶桑略記」などによると1077年で、白河天皇やその皇后が麻疹に罹患し、多くの皇族や公家が死亡したそうです。

 これらの病気は現在ではあらかたの正体が判りますが、当時はこれに対して例えば高熱や下痢による脱水に対して十分な水分を与えるなどの医療法は考えられていなかったようです。薬物療法についても抗菌薬などはもちろん存在しませんが、漢方薬など当時からあった薬物が使用された記録はありません。やはり加持・祈祷という治療法しか考えられなかったのでしょう。

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 年齢を重ねるにつれ、骨粗鬆症のように骨の成分が低下して、少しの荷重負荷でも骨折が起こりやすくなります。これを予防するため骨の主成分であるカルシウムを多く摂取することが重要であり、牛乳を毎日飲むことは重要だということが一般的に信じられています。しかし最近マスコミでも取り上げられていますが、牛乳を飲み過ぎると骨折や死亡の危険度が上昇するという報告があり、問題となっています。

 ことの発端はスウェーデンの研究者から発表された大規模研究です。(BMJ, 2014,349: g6015

これは39歳~74歳の女性約9万人を対象として約20年間追跡調査したものと、45歳~79歳の男性約10万人を約11年間追跡調査した結果をまとめて報告したものです。結果は女性対象の研究では、期間中に17,252人が骨折を経験し、5,278人が心臓血管疾患で、3,283人がガンで死亡した一方、男性では5,379人が骨折を経験し4,568人が心臓血管疾患で、2,881人がガンで死亡したというものでした。牛乳の摂取量などの検討を併せて統計学的に解析すると、「牛乳を多く摂取した群では、骨折および死亡リスクが有意に上昇し、特に女性でこの傾向が著明であった」というものでした。

 この原因として研究者らは、牛乳に含まれる乳糖の代謝産物であるD-ガラクトースが関与していると考察しています。D-ガラクトースは、老化の原因となる酸化ストレスや慢性炎症、免疫能の低下、神経系への影響があり、これが結果として現れたものといいます。D-ガラクトースは通常の食品に多く含まれるものですが、牛乳での含有量に比べると微々たるものだそうです。

 これに対して、牛乳以外の乳製品、例えばヨーグルトなどの発酵乳製品やチーズなどでは、牛乳そのものの影響とは全く逆の効果があったといいます。つまりチーズや発酵乳製品は骨折リスクや全死亡率を低下させるというものです。

 しかし「これらのことだけで骨折予防に牛乳を飲んでも意味がないと言い切るには、さらに慎重な検討をする必要がある」と論文の著者らは述べています。