医療あれこれ

2015年2月アーカイブ

 平安時代の末期に「病草紙(やまいのそうし)」という絵巻物が作られました。これは当時の特にめずらしい病気や治療法などを集めて描いたもので、京都国立博物館など各地の博物館・美術館に保管されており、現在21の病態を描いたものが伝えられています。そのうち、現代病にも見られるいくつかをご紹介します。

yamai_sleep.JPG不眠の女

 不眠症には、寝付けない、夜中に覚醒する、早朝に起きてしまうなど色々ありますが、この絵の説明は「夜になれども寝入らるることなし。」となっていますので、入眠障害というタイプの不眠症と思われます。原因についての記載はありません。しかし何らかのストレスが原因にあり不眠症に陥っているのでしょう。不眠症は抑うつ状態など精神神経疾患の基本的な症状の1つで、当時からさまざまな精神的ストレスがあったことも想像されます。


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眼病の男

 眼が見えなくなった人に対して治療を行っている図です。おそらく白内障で視野が白濁して視力低下した人の水晶体(眼のレンズ)に針をさして治療しているところと思われます。この種の眼科的治療は当時からよく行われていたようですが、この絵に描かれた患者は最終的に視力を失ったという説明があり、にせ医療者の処置を受けてしまった可能性も考えられます。

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肥満の女

 両脇の人に支えてもらわないと歩けないほど太ってしまった女の絵です。何らかのホルモンの異常があった可能性がありますが、おそらく裕福な家の女性とみうけられますので、いわゆる生活習慣病で食べ過ぎや運動不足が原因となったとも考えられます。


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 COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、以前にもご紹介しましたが(20121119日医療あれこれ)、慢性的な喫煙などが原因となり、左の図のように肺胞が潰れていく病気で,息をすぐにはき出せなくなるという呼吸機能の低下(一秒率の低下)が発生します。教科書的には喫煙が最も重要な危険因子とされています。しかしタバコを吸ったことがない、あるいは周囲にタバコを吸う人がいないにもかかわらずCOPDに罹患してしまう人もおり、喫煙以外の生活習慣との関連が想定されていました。その1つが食生活の影響です。

 今回米国ボストンのマサチューセッツ総合病院などが中心となり、約12万人の看護師などの医療従事者を対象として1984年~2000年の期間にわたって新たに何人の人がCOPDと診断されるに至ったかを調査した大規模臨床研究の結果が発表されました。この間における食生活の指標としてAHEI-2010(Alternate Healthy Eating Index 2010)が用いられましたがこれは、野菜・全粒穀物(未精白の穀物)・多価不飽和脂肪酸(オメガ3脂肪酸など)・ナッツ類を多く摂り、飲酒は適度にして、赤身肉・加工肉(ハムやソーセージなど)・精白穀物・糖分を控えるなどをしているとスコアがよくなるというものです。

 その結果、女性で723 人が、男性で167人がCOPDを発症したのですが、AHEI-2010スコアとの関連をみると、AHEI-2010スコアの高い人ほど、つまりよい食生活をしている人ほど有意にCOPDが発症しにくいというものでした。この食生活の影響は、喫煙や運動、肥満度など他の要因とは独立した別の要因であることが判りました。

 これらの結果は、COPD発症の予防に禁煙はもちろんのことですが、健康的な食生活も重要であることを示しているものと思われます。

 

引用文献:BMJ 2015; 350 doi: http://dx.doi.org/10.1136/bmj.h286 (Published 03 February 2015)

Cite this as: BMJ 2015;350:h286

 糖尿病は、よくのどが渇く、よく水をのむ、そして尿量が多い、などの症状があり、合併症として眼底の網膜が障害される糖尿病性網膜症や腎機能が低下する糖尿病性腎症、手足の感覚がなくなってしまう糖尿病性神経障害といった三大合併症のほか、白内障や心筋梗塞や脳梗塞などの大血管障害が発生します。昔はその症状から「飲水病」とか「口渇病」などと呼ばれていました。基本的に乱れた生活習慣が糖尿病発症を引き起こす生活習慣病ですが、発症しやすいか否かについては遺伝的素因が大きく関与します。

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 平安時代、国の政治はいわゆる摂関政治で摂政・関白により動かされていることが長く続きました。この中で「この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたることも無しと思へば」と詠んだことで有名な最高権力者の藤原道長(9661027)は糖尿病であったことはよく知られています。遺伝的素因としては、道長の父である藤原兼家の兄、摂政の藤原伊尹(これただ)は重症の糖尿病に悩まされ49歳で亡くなっています。また道長は兼家の四男でしたが、長男の摂政関白 藤原道隆も糖尿病で酒の飲みすぎによる病気で死亡したとされています。

 このように道長には糖尿病の遺伝的素因があり、その上、贅沢三昧の生活をしていたのでしょう。過飲過食、運動不足、上の絵でわかるように肥満があり、その地位からストレスもあったことが想定されます。これらはすべて糖尿病を悪化させる要因でした。50歳を過ぎてから、「昼夜なく水を飲みたくなる、口が渇いて脱力感がある。しかし食欲は以前と変わりはない」などと、同時代の公卿であった藤原実資(さねすけ)の残した日記「小右記」に記されています。同じく「小右記」に道長の目が見えなくなったことが書かれており、顔を近づけても相手が誰かわからなくなっていたということです。おそらく糖尿病合併症の白内障が相当進行していたのでしょう。また背中に膿がたまる腫れ物が何度もできたことなどが記録されています。欠けたることのない我が世を謳歌した藤原道長は1027124日、62歳でその生涯を閉じたのでした。

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 脳血管疾患のなかには、CTスキャンなどの検査で小さい脳梗塞(ラクナ梗塞)があったとしても症状が現れない無症候性脳血管病変があります。またこれらは認知症と関連することが知られています。

この度、目を開けたまま片足立ちで20秒間保持できるかどうかによって、これらの病変の可能性と関連することが京都大学ゲノム医学センターと愛媛大学老年神経総合心療内科の共同研究により明らかにされました。

 研究対象者は平均年齢が67歳の男性546名、女性841名で、開眼片足立ち保持時間を最長60秒まで測定しました。結果は1030名の人が最長の60秒に達し、89名が60秒未満、120名が40秒未満、148名が20秒未満でした。ラクナ梗塞の数は片足立ち20秒未満の人で統計学的に有意に多いことが判りました。また同じく20秒未満の人は認知機能が有意に低下しているという結果だったそうです。 

 一見健康そうに見える人でも姿勢の安定性は脳の早期病変や認知機能低下を予測する因子であることが明らかになったということです。姿勢の不安定性は高齢者の総合的な健康状態の尺度としてとらえ、いっそうの注意を払っていく必要があります。以前に本項で、高齢者における全体的な機能低下をあらわす「フレイルティ」という言葉をご紹介しましたが、片足立ち時間の低下は、単にバランス能力の衰えを示すのではなく、潜在的な脳血管病変の存在をしめすものであることが興味深い点だと思います。

引用文献 Tabara Y et al.  Stroke. 2015;46:16-22