医療あれこれ

2014年8月アーカイブ

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 高山への登山や、高地住民では空気中の酸素が薄くなることなどが原因で、いわゆる高山病の発症に注意することが必要です。今回、高度の高い地方で一定期間生活した人の心臓血管系への影響や血圧の変化などを調べた研究結果がイタリアの研究者たちから報告されました。(European Heart Journal on line, 2014, Aug 27)

 低地に住む正常血圧の健康人60人の有志が研究対象として選ばれました。平地(海抜高度)で8週間過ごした後、ネパールのカトマンズ(標高1,355m)で3泊し、標高3,400mのナムチェバザールまで登って3泊、さらに5日間かけて標高5,400mのベースキャンプへ到達して12泊したそうです。各実験参加者の血圧や血液中の血圧上昇と関連するホルモンなどを測定し、解析されました。

 その結果、高度の上昇に伴って早朝血圧や24時間血圧は持続的に上昇し、最高高度の標高5,400m地点滞在中は高止まりとなり、低地に帰還後、実験開始前の血圧に戻ったということでした。さらに血圧上昇時に降圧剤が投与されましたが、標高3,400m地点では有意な降圧効果がみられたのに対して、5,400mまで登ると降圧剤の血圧に対する効果が認められなくなりました。またこのような血圧上昇は血液中の血圧上昇作用をもつホルモン値の上昇と関連していたそうです。

 論文の著者らは、血圧上昇や低酸素状態は、慢性の心臓病や呼吸器疾患の増悪に重要な意味をもつと指摘しています。極度に標高が高い地点への登山は血圧の制御が不能になる可能性も示しています。しかしレジャーで登山やトレッキングをする程度であれば、それ程心配するような事態ではないという結果です。ただ高血圧で降圧剤を服用中の人が、旅行にでかけるとき、薬を持参することを忘れたりすると問題が起こる可能性がありますのでご注意をお願いします。

参考文献:Medical Tribune on line (829)

甲状腺腫の歴史

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 紀元前から首の前部が大きく腫れる甲状腺腫をきたす疾患があったことが知られています。しかし長年にわたって甲状腺は喉と関係したものであろうとしか考えられていませんでした。頭から咽喉へ降りてくる痰が多過ぎることから甲状腺腫がおこるのだろうとも考えられていたのです。甲状腺のことを英語ではgoiter (ゴイター)といいますが、これはラテン語の咽喉という意味であるgutterから由来しています。重要なホルモン産生臓器である甲状腺は、喉とは独立した臓器であることが判明したのは16世紀になってからのことでした。1656年トーマス・ワートンによりこのホルモン産生臓器が「甲状腺」と名づけられたのです。

 しかし甲状腺腫がどのようなメカニズムで病気として発症するのかについて明らかにされるのはさらに時間がかかりました。昔からある地方で甲状腺腫が多くみられることから、なんらかの風土病ではないか、また何かの感染症ではないかと考えられていました。また生まれつき発達障害をもつ子供に甲状腺腫がみられ「クレチン病」と呼ばれていました。これは現在では頻度は少ないですが、先天性の甲状腺機能低下症であるクレチン病ということが明らかになっています。一方でヨウ素の不足が甲状腺腫を引き起こすことが知られており、ヨウ素やヨウ素成分を多く含む海藻が甲状腺腫の治療薬として用いられた時代も長く続きました。

 1914年に、エドワード・ケンダールが甲状腺ホルモンであるサイロキシン (T4) を初めて分離しました。そしてその原料がヨウ素であることが明らかになっていくのです。しかし、血液中で微量に存在する甲状腺ホルモンを簡単に測定する方法が確立しないと、甲状腺腫をきたす疾患の病態は解明されません。これを可能にしたのが放射性同位元素を用いたラジオイムノアッセイ (RIA) です。RIA1950年代になって、ロサリン・ヤローとS.A.バーソンによって開発され、さまざまなホルモンの微量測定が可能になりました。とくにヤローは糖尿病に関連するインスリンのRIA法を確立しノーベル賞を受賞しています。その後、RIAは血中微量物質の定量に多く用いられる時代がしばらく続きましたが、放射能を用いるという危険性から、現在では酵素抗体法など他の方法にとって代わられています。

 なお甲状腺腫は、甲状腺ホルモンが過剰となるバセドウ病や、逆に甲状腺ホルモン不足の橋本病の他、甲状腺ガンによるものである可能性もありますから、早期に診断・治療を始めることが必要です。

参考文献:KFカイプル著、酒井シズ訳;疾患別医学史Ⅰ(朝倉書店)P.224


mokkan3.jpg 牛乳はカルシウムを多く含み良質のタンパクであるなどと現在では大切な健康飲料ですが、昔から牛乳を治療薬物として用いることがおこなわれていました。古代、上流階層の人々が牛乳を飲んでいた証拠として、天武天皇の孫で、藤原氏との勢力争いに敗れて自害した長屋王の邸宅跡(奈良県二条市)から多く出土した木簡(文字が書かれた細長い板)に右に示す写真のように、牛乳を運んできた人にコメを渡したことが記載されているものがあります。ことに病気で虚弱となった身体に牛乳を与えることは現在でも理にかなった治療ということができるでしょう。牛乳をそのまま飲むだけではなく、現在のチーズのような「蘇(そ)」や「酪(らく)」といった乳製品が作られ、食品として以外に薬として用いられていたようです。

 また日本書紀には安閑2年(525年)「牛を難波大隅島、媛島松原(現在の大阪市東淀川区あたり)に放つ」という記載があり、古来この辺りは乳牛の放牧に適した土地であったようです。律令制度の中でも、典薬寮(医療の歴史42 参照)の付属施設として乳牛院が設置され、東淀川区周辺のこの土地は乳牛牧(ちちうしまき)として毎年、牛乳や乳製品を献上することが義務付けられていたそうです。大阪市教育委員会によると、20世紀の初めまで、現在の大阪市東淀川区には乳牛牧村という地名が存在し、大隅東・西小学校は「乳牛牧尋常小学校」と称していました。大阪市東淀川区大桐5丁目には「乳牛牧跡」の石碑が建てられており、近隣の大隅神社の境内には牛の像があります(下の写真)。

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エボラ出血熱

 感染すると7080%の致死率となるアフリカ由来のエボラ出血熱が世界中に流行するかもしれないと報道され、世間が騒然となっています。エボラ出血熱は日本の感染症に関する法律(感染症法;感染症の予防及び感染症の患者も対する医療に関する法律)においては、危険性が極めて高く感染者は指定医療機関への隔離入院が必要である1類感染症に分類されています。

 もともとはアフリカ大陸の限定された地域に存在するエボラウイルスの感染が原因で、地域住民で感染がおこることから、いわゆる風土病とされていたものです。しかし交通手段が発達し、今までになかった規模で人や物が国境を自由に越えて行き交うなか、これらの病気が世界中に広がり初めてきました。歴史的にみても、同じように人が自由に行き来できるようになると今までになかった病気が拡大してくることが多くみられます。例えば古くは、アメリカ大陸を発見したコロンブスの探検隊員が、原住民の持っていた性病である梅毒をヨーロッパに持ち込んだ可能性があるという話は有名です。また限定された地域にあり、感染して放置すれば免疫不全症(エイズ)を発症するヒト免疫不全ウイルス(HIV)が世界中に拡大してしまったことなど、交通手段の発達が新たな感染症の問題を引き起こしてきました。

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 エボラ出血熱の話に戻りますが、この病気はエボラウイルス(右の図)の感染があり、最大3週間程度の潜伏期間を経て発症します。進行すると激しい下痢や嘔吐が現れ、それらに血液が混ざってショック状態に陥り死に至るものです。今回問題となっているのは4種類あるエボラウイルスのうち、最も毒性の強い種類のものだそうです。現在、このウイルスに対する抗ウイルス薬やワクチンはありません。

 感染経路は、インフルエンザのように空気中から感染することはなく、感染者の体液、吐物、下痢便などから感染するもので、これらに直接触れない限り感染することはありません。しかし患者が多く発生しているアフリカの地域は、政情が不安定で病気への対応が難しく、現地住民の感染症に対する知識も不足しているため、流行が収まらないのではないかと国立感染症研究所は述べています。またこれまで発熱や出血が注目され、エボラ出血熱という病名が付けられていますが、実は激しい嘔吐や下痢などで高度の脱水に陥り死に至るのではないかともいわれています。世界保健機関(WHO)はエボラ出血熱という病名を使わず、エボラウイルス感染症(EVD)という呼称を使っています。脱水であれば、十分な点滴で水分やナトリウム、カリウムを補給すれば救命率が上がる可能性がありますが、患者の多発地域ではっこれらの医療的処置ができていないのが現状だそうです。

 マスコミで大きく扱われ、必要以上に不安を抱く人がありますが、正しい情報に基づいて行動することが重要です。

文献:日経メディカル、20148月号、P.42

 蒸し暑い日が続いています。テレビや新聞では熱中症の予防に「こまめに水分を補給しましょう」と伝えています。このことについて少しだけ注意を要する点があります。大量に汗をかいたからといって水分として普通の水、あるいはお茶などを飲み過ぎると危険な状態になりかねません。

 普通の水の中にはナトリウムなどミネラルがほとんど含まれていません。これを大量に飲むと血液が水で薄められて、血液中のナトリウム濃度が相対的に下がってしまう「低ナトリウム血症」をひきおこす可能性があります。これを「水中毒」などと言ったりしています。どのように具合が悪いのかというと、脳細胞の中に細胞の外から水分が流入して、脳のむくみ(脳浮腫)をひきおこします。すると、けいれんや意識障害といった神経症状が出現してきます。さらに悪くなると脳ヘルニアという危険な状態が発生してくる可能性もあります。

noufushu.jpg 右の図をご覧下さい。脳は言うまでもなく頭蓋骨という骨で囲まれていますが、骨は伸び縮みしませんので頭蓋骨の中の容積はほぼ一定です。限られたスペースの頭蓋骨内にある脳がむくんで体積がふえると、頭蓋骨内の圧力が上昇することになります。すると頭蓋骨のうち穴があいている方へ脳がはみ出していく結果となります。これが脳ヘルニアです。その結果、脳幹という意識や呼吸の中枢がある場所が圧迫され生命の危機になってしまうことがあるのです。

 それでは一体どうすればよいのかということですが、大量の汗をかいたあとの水分補給は、水とともに少量の塩分を摂るとよいでしょう。塩は塩化ナトリウムですから、ナトリウムの補給になります。しかし摂り過ぎはよくありません。とくに血圧の高い人は注意が必要です。

 必要な量のナトリウムを含んでいる飲料がスポーツドリンクで、これはさまざまな成分がバランスよく含まれていますから、汗をかいたあとの水分補給には最適といえるでしょう。しかし、この場合でも今までのスポーツドリンクには糖分がかなり含まれており、糖尿病の人は要注意です。スポーツドリンクの大きなペットボトルを何本も飲んで糖尿病となってしまう場合を「ペットボトル症候群」といいます。最近ではカロリーオフのスポーツドリンクも発売されていますから、こちらの方が理想的といえるでしょう。