医療あれこれ

2013年8月アーカイブ

慢性腎臓病(CKD)

 腎臓は左右の腰に1個づつあり、ソラマメのような形をした握りこぶしくらいの大きさの臓器です。尿を作って排泄することは腎臓の重要な役割の一つですが、これは体の中の不要な水分を体外に排泄するだけでなく、体内の代謝作用などで発生し血液中に増えてくる老廃物を溶かし込んで排泄しています。ですから腎臓の機能が低下すると、体内に老廃物が蓄積し、いわゆる尿毒症となって生死にかかわる状態となってしまいます。そこで腎臓の機能がすっかり低下してしまった人に対して、例えば機械を使って、この血液中の老廃物や余分な水分を取り除く人工透析療法が必要になってくるわけです。世界的に見て、末期の腎臓病(末期腎不全)となり、人工透析療法が必要となった人の数は増加傾向にあり、これに要する医療費など、経済的にも大きな問題となっています。

 近年、この慢性腎臓病(CKD)が注目されています。なぜかというと、CKDは糖尿病や高血圧などの生活習慣病が原因となって発症する場合が多いからです。糖尿病や高血圧は言うまでもなく、脳梗塞などの脳血管疾患や、心筋梗塞などの心血管疾患の大きな危険因子です。さらに内臓脂肪が蓄積したメタボリックシンドロームは、乱れた生活習慣に基づくことが多く、CKDの発症、進展に関係しています。

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右の図は以前に医療あれこれでもご紹介した久山町研究で得られたメタボリックシンドロームの有無とCKD発症率をみたものです。明らかにメタボリックシンドロームである人の方がCKDを発症しやすいことがわかります。(引用文献:Ninomiya T, et al. Am J Kidney Dis 200648383--391.

ですから、腎機能の低下した状態、つまりCKDは、心臓・脳などの血管疾患に関連します。ことばを変えると、CKDは脳梗塞や心筋梗塞の危険因子であるということができます。腎機能のわずかな低下、つまりCKD発症の早期を発見し、これを悪化させるメタボリックシンドロームを厳重にコントロールしていくことが重要です。このため生活習慣の改善および、場合によってはお薬による厳重な治療の必要性が生まれてきます。

 現在の医療において、遺伝子治療など遺伝学に立脚した医療は先端医療技術の一つになっています。その遺伝についての考え方を最初に解明したのがオーストリアの修道士グレゴリー・メンデル(18221884)です。彼は15年間にわたってエンドウマメの交配実験をつづけて、1865年、有名なメンデルの遺伝法則を発見し学会や学術雑誌に発表しています。しかし当時この重大な発表をを理解し受け入れられることはなく広く認められたのは20世紀に入ってからのことでした。

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 それまで、子は親に似るという遺伝の概念は当然知られていましたが、両親の性質が入り混じって子に伝わるとしか考えられておらず、系統的な理論はわかっていませんでした。メンデルが明らかにしたものの一つに次のようなものがあります。エンドウマメには丸いマメとしわのあるマメがあるのですが、これをかけ合わせると丸いマメしかできません。しかし同じ世代の丸いマメどうしをかけ合わせると次の世代には丸いマメ3つに対してしわのあるマメが1つできました。右の図のように、双方の親がもつ遺伝要因を子に伝えるためにはAAAaaaなど2つづつの因子が必要で、両親から一つづつAあるいはaをもらって子ができると考えたのです。そしてAが一つでもあると丸いマメになり、aaのようにAが一つもないとしわのあるマメができるとすると交配実験で得られた事実を説明することができると考えました。

 これらのことは今では中学、高校の理科・生物にでてくることで遺伝の基本ですが、これを発見したのは医学や生物学の専門家ではなく、修道院の裏庭でエンドウマメを栽培していた修道士であったことは興味深いことです。そして彼のこの発見は20世紀になって遺伝子という概念に統一され、DNAが遺伝子の本体であること、そしてそのDNAの基本構造が解明され、遺伝技術を用いた医療へと進歩していったのです。

ピロリ菌と胃ガン

 ピロリ菌は正式名称をヘリコバクター・ピロリといい、胃の中に生息している細菌です。胃の一番奥、出口の部分を幽門部(ピロルス)といいますが、このピロルス近くにいるヘリコプターのようにラセン状の形態をしたバクテリア(細菌)であることからヘリコバクター・ピロリという名称がつけられ一般的にピロリ菌と呼ばれています。

 食べ物を殺菌するために胃の中は胃酸のため強い酸性になっていますので、昔から胃の中に生息する細菌などいるはずがないと思われていました。しかし1983年オーストラリアのウォーレンとマーシャルが胃に生息するピロリ菌を発見したのです(彼らは後にこの業績によりノーベル賞を受賞しています)。

 ピロリ菌の感染経路は飲み物や食べ物を介して口から感染します。乳幼児に感染することが多く、欧米に比べて日本での感染率が高いことが報告されています。50歳代、60歳代では人口全体の約45%がピロリ菌に感染しているとされています。しかし近年は衛生環境も良くなり、特に若年者の感染率は低くなっています。

 ピロリ菌がいるとどのような病気になるのかというと、胃炎、胃潰瘍・十二指腸潰瘍、胃ガンなどさまざまな胃疾患の発生と関連する以外に、免疫異常で血小板が減少する病気(特発性血小板減少性紫斑病)や慢性じんま疹などとも関連するとされています。これらのうち注意するべきものは胃ガンでしょう。

HPGCA.jpg 胃ガンはかつて日本人に多い悪性腫瘍で、死亡率も高率でした。近年、健診などがきっかけで早期ガンのうちに発見されることが多くなり、治療成績もたいへん良くなっています。さらにピロリ菌検査をして、もし陽性なら抗生物質で除菌することが胃ガン予防になると考えられます。右の図は日本ヘリコバクター学会が発行している冊子から引用したものですが、これからも明らかなようにピロリ菌を除去することが胃ガンの発生を予防することにつながります。

 最近、学校検診でピロリ菌検診を実施し胃ガンを撲滅しようという提唱があります。また胃ガン早期診断ということでは、ペプシノーゲンという胃粘膜の異常を調べる検査とピロリ菌検査を組み合わせて胃ガンの危険度を評価する試みがなされています。もし胃ガンの危険度が高いとなれば、最終的に胃カメラの検査をします。ガンの確定診断はガン細胞を確認することですから、バリウムによるX線検査ではなく、最終的に細胞を調べることができる胃カメラが必要なのです。早期胃ガンなら90%以上治りますが、進行ガンになると50%しか治らないので、早期診断・早期治療がいかに重要かはいうまでもないと思います。

 ご存知のとおり厚生労働省の発表では、2012年の日本人女性の平均寿命は86.41歳で世界第一位、男性も79.9歳でこれまでの最長になったそうです。2011年は東日本大震災の影響で短縮したけれどもそれが回復傾向にある、非常に喜ばしいことであると報道されています。

 しかし平均寿命が延びることが本当に人類にとって単純に喜ばしいことでしょうか。平均寿命は生きている人の全てを対象として算出されていますので、この中には意識がない、人工呼吸器を装着している、あるいは自分で摂食できないためチューブ栄養を続けている、などすべての人を含んでいます。ともかく少しでも寿命を延長させたいなら、あらゆる手段を用いれば平均寿命はさらに延長するでしょう。しかしそれが本当に正しいのか、医療器具を用いて生きながらえさせていることで、その人の人間としての尊厳を保っているのか、と考えるとはなはだ疑問が残ります。

 一方、大病にかからないで普通の日常生活を送ることができる期間のみを示しているのが健康寿命です。これには寝たきりであったり、集中的医療によって生存している人などを含みません。つまり健康寿命は平均寿命プラス病気の期間、ということになります。平均寿命と健康寿命のどちらが人類にとって大切か、というと言うまでもなく健康寿命です。

 ただ健康寿命を算出するにあたって「健康である」というのは、日常生活が自立している、つまり何でも人の世話にならず、もちろん医療器具の世話にならず、日常生活をこなしていることです。つまりその人が「自分は健康である」と自己申告して、その数を集計していくわけです。ですから健康寿命というのは平均寿命のように画一的に算出できるものではないと思います。

 いずれにせよ平均寿命を延ばすより、健康寿命を延ばすことがはるかに大切で、そのためには病気の期間を少しでも短くすることが重要です。高齢者の生活や病気を研究する「老年医学」という学問分野がありますが、この学問の究極の目標は、全ての人が少しでも病気の期間を短くすることです。「健やかに老い、天寿を全うして死を迎える」ことができるように精進することが、全ての医療人に求められていることだと思います。