医療あれこれ

2013年4月アーカイブ

 血糖値をコントロールするインスリンは膵臓のランゲルハンス島という他の細胞とは異なる塊で作られます。ランゲルハンス島は1869年、ベルリン大学の病理学教授ルドルフ・ウィルヒョウの指示で研究していた医学生パウル・ランゲルハンスが発見し、その名がつけられています。その後、ランゲルハンス島は糖代謝に関係する物質を分泌しているのではないかということが判り、膵臓を摘出した犬が糖尿病になることから、膵臓から糖尿病を阻止する物質が抽出できないか、という多くの実験が繰り返されましたが、ことごとく失敗に終わっていました。なぜかというと、膵臓は食べ物の栄養分を消化する消化液を分泌しているので、その未知の物質が消化液で壊されてしまっていたからです。

 1920年、カナダで整形外科の開業医だったフレデリック・グラント・バンティング(18911941)は医学雑誌で「膵臓の管がつまると消化液が出なくなってしまう」ことを知り、実験動物の膵臓の管をしばって、膵臓の消化液を分泌する細胞を萎縮させてしまえば、残りの細胞から血糖値を下げる物質が取り出されるのではないかと考えたのです。1921年、バンティングはトロント大学の生理学教授で糖代謝の権威であったジョン・ジェームズ・リカード・マクラウド(18761935)に、この実験をさせてもらえないかと話をもちかけました。しかしマクラウドは、初めのうち素人同然のバンティングに研究ができるわけがないと取り合ってくれませんでした。何度も頼み込んだ末、マクラウドは自分が夏休みの8週間だけ研究室を使うことを許可し、何匹かの実験用の犬と、チャールズ・ハーバート・ベスト(18991976)という医学生を助手としてつけてくれました。

 約束の8週間が過ぎようとした頃、バンティングとベストの二人はついに犬の膵臓から血糖値を下げる物質を抽出することに成功したのです。ただ二人が抽出したその物質は、作用が弱く混雑物が多かったので人に投与することはできません。それを強い作用をもつ物に精製したのが、アルバート大学生化学のジェームス・バートラム・コリップ(18921965)です。そしてその物質はランゲルハンス島から分泌されることから、ラテン語の「島」を表すインスーラ(insula)に由来してインスリン(insulin)と命名されました。1922年、コリップにより精製されたインスリンは、世界で初めて、インスリンが分泌されないタイプの1型糖尿病に苦しんでいた14歳の少年に投与されたのでした。

 最初に未知の物質を抽出したのはバンティングとベストですが、マクラウドやコリップの力がなければ、「インスリンの発見」はありませんでした。後にバンティングとマクラウドの二人がノーベル賞を受賞しましたが、この二人はあまり仲がよくなかったそうです。

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 体の中はどのようになっているのか、切り開かなくても見透すことができれば、病気を診断するための情報としてこれほど有用なことはありません。現代の医療で欠くことのできないX線を発見したのはドイツのヴュツブルグ大学の物理学教授であったウィルヘルム・レントゲン(18451923)です。

 X線の発見は偶然の出来事でした。レントゲンは、陰極線について一人で実験していました。それまですでに、ボン大学のフィリップ・レナルト(18621947)により真空管に電気を通すと陰極線という放射線が発せられることが発見されていましたが、レントゲンは自分の研究を深めるため、レナルトの実験を追試しようとしていました。1895118日金曜日の夜、衝撃の新事実が発見されました。実験室を真っ暗にして、太い真空管を銀紙と黒いボール紙で覆って通電すると、その真空管から少し離れたところに置かれた蛍光物質を塗ったスクリーンが光りだしました。スクリーンの前に鉛の棒をかざすと影ができ、さらにその棒を持った自分の手の骨が影となってスクリーンに映し出されたのです。つまりこの光線は人の体を通して、骨を見透すことができるというのです。このことを確かめるためレントゲンは一カ月半のあいだ、一人で実験室にこもってこれを確かめた後、18951228日にビュルツブルグの物理学医学協会に論文として、発見した事実を報告しました。この光線は今まで知られていなかったもので、未知の光線であることからX線と名付けられましたが、よく発見者の名をとってレントゲン線と言われます。

 この衝撃の事実は、またたく間に世界を駆け巡りました。初めのうちはX線が自分の骨を映し出すことから記念写真のように撮られたり、靴屋は足の骨をX線写真で調べて形のあった靴を作るサービスをするなど、今では考えられないようなデタラメなことがあちこちで行われていました。何がデタラメかというと、言うまでもなくX線が人の体に有害であること、つまり放射線障害が知られていなかったためです。レントゲン自身の体にも、皮膚に腫瘍ができたり、髪の毛がぬけることが起こっていました。X線は便利なものだけれども、適切な使い方をしないと体の細胞に障害されることが後年になって判ってきました。X線のこの細胞障害の性質を病気の治療に使ったのが放射線療法で、悪性腫瘍などに向けてX線を照射すると、腫瘍細胞が死んでしまうというわけです。

 なお言うまでもありませんが、通常、病気の診断や健康診断に使われるX線は、妊婦さんのお腹にいる赤ちゃんに対してという特殊な場合でない限り、人の体に安全な放射線量で管理されています。

先天性風疹症候群

 風疹が大流行しています。国立感染症研究所は、本年の1月から327日までの風疹にかかった人の報告数が2418人で、昨年全体の報告数2,353をわずか3ヶ月で越えたと発表しました。

下の図は国立感染症研究所が公表している風疹の各年頭からの風疹発生数を示したグラフです。黄色で示してある昨年2012年の発生数は後半から急激に増加していましたが、赤色で示した本年の発生数はすでにこれを超えていることがわかります。

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 風疹は感染者の息などの飛沫に含まれる風疹ウイルスを吸い込んで感染します。23週間の潜伏期間のあと、発熱や皮膚の発疹、リンパ節腫脹などの症状が現れますが、ほとんどの場合、3日程度で治ることから、「三日はしか」と呼ばれています。ちなみに「はしか」は麻疹のことで、治るまでに2週間かかります。

 風疹の経過自体は大したことはないのですが、妊娠初期の女性が感染したときに、おなかの中の赤ちゃんに異常が生じる先天性風疹症候群が問題となります。先天性風疹症候群は、先天性心疾患、先天性難聴、先天性白内障が三大症状で、これ以外にも網膜症、糖尿病、発育遅滞、精神発達遅滞などの症状が新生児に認められるものです。

 一度、風疹にかかった人は免疫ができているので、感染する可能性は低いのですが、かかったことのない人や小児には、ワクチン接種することで予防することができます。インフルエンザのワクチンのように毎年接種する必要はありません。妊娠の可能性がある若い女性は必ずワクチン接種することが必要です。当院でもワクチン接種を行っていますので、お申し出下さい。