医療あれこれ

2013年3月アーカイブ

 動脈硬化は、その発症機序が生活習慣に関係し、現代人の疾患と考えられています。しかし大昔の動脈硬化有病率は知られていませんでした。この度、4000年以上にわたって世界中4つの地域で作られたミイラのCTスキャンを行い、動脈硬化の有病率が調査され報告されました。4つの地域は、古代エジプト、古代ペルー、アメリカ南西部のプエブロ族、そしてアリューシャン列島の狩猟民族です。

 その結果、76人の古代エジプト人のうち29(38%)51人の古代ペルー人のうち13人(25%)、5人のプエブロ族のうち2人(40%)、さらに5人のアリューシャン民族のうち3人(60%)に動脈硬化病変が認められたのです。調べられたミイラの合計137人中47人に動脈硬化があったことになり、約3割にあたります。さらに年齢が高くなるほど動脈硬化が多くなり、高齢で死亡した人ほど有意に動脈硬化を持っていたことが統計学的に明らかにされました。

 今回の研究対象となったミイラはそれぞれ現代文明化社会以前の一般的集団であったことから、「動脈硬化は現代人の生活習慣に関連した特有の病態と考えられていたが、実はそうではなかった。」と論文の著者は述べています。

 しかし、古代人も魚や肉を食べ、エジプト人などはビールやワインも飲んでいたということですから、かならずしも今回対象のミイラとなった人は現代と比べて質素な生活をしていたわけではないかも知れません。しかも特にミイラにされる人は身分の高い人だったと想像されますので、現代の一般人よりはるかに優雅な食生活をしていたのでしょう。

 また、動脈硬化があり、それに加えて乱れた生活習慣をしていると、脳梗塞や心筋梗塞などの死に至る可能性がある疾患につながります。ですから今回の報告が不健康な生活習慣には大きなリスクがあることを否定しているのではなく、やはり正しい生活習慣を守ることが必要であることに変わりはないと思います。

(文献:Thomposon RC et al.  The Lancet Early Online Publication 11, March 2013.

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 以前にこのページで紹介したように、血液中の尿酸値が高い状態が長時間続くと、尿酸が尿酸塩の結晶となって関節内に沈着します。それが溶け出すことが原因となって、風にあたっても痛いほどの激痛が起こり、これが痛風発作と言われるものです。(201248日付の医療あれこれ)

 ところで、関節は言うまでもなく全身の骨と骨のあいだにあるのですから、この痛風の急性関節炎は全身どこにでも起こる可能性があります。しかし足の母趾の付け根に起こることが最も多いのです。なぜ足の母趾に多いのでしょうか。いくつかの原因が考えられています。

 痛風発作の原因となる尿酸塩の結晶が溶け出すのは、37℃の状態では起こりにくく、低い温度では溶けやすいのだそうです。つまり足の関節は体温(37℃)よりかなり低いことが多いので、沈着した尿酸塩の結晶は、足の母趾でより溶け出しやすいということが一つ考えられます。

 また温度以外にも、尿酸塩の溶解に関与する要因があって、例えばプロテオグリカンという物質は尿酸塩の溶解を抑制しているのですが、母趾関節の変形性関節症があるとこのプロテオグリカンが変性を起こして作用しなくなるのです。その結果、尿酸塩の溶解は抑制がなくなり、どんどん溶解が進むことから、関節炎が増強されてくるという可能性があるようです。

 さらに、足の母趾には歩行などの運動時に大きな荷重がかかります。ゴルフや長時間の歩行は尿酸塩の結晶に影響を与えて溶解しやすくなり痛風発作の原因になると想定されています。


(文献 谷口敦夫:日本医事新報 No.4635 p.48)

 麻酔法が開発され、また無菌手術が可能になり、これまで外科手術の発展をさまたげていた二大要因が解決されるようになると、19世紀後半に外科は現代の姿につながる飛躍的発展をとげて行きました。これまでこのページで紹介してきたように、内科医の先祖は祈祷師、外科医の先祖は刃物をつかう散髪屋さんで、医学という学問的には外科医は少し地位が低いとも考えられていましたが、ここに至って外科は、内科と対等あるいは優位な地位になってきたのです。

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 19世紀には現代の外科学教科書に名を残す外科医が数多く現れました。私たち内科医にとっても馴染み深い外科医はビルロート(18101887)でしょう。それまで、外科手術といえば、骨折や外傷などに対するものが多かったのですが、消化器外科を確立して行ったのがビルロートです。

1881129日、胃の切除をするという前人未到の大手術がウィーン大学の外科学教授であったビルロートにより行われました。胃を取ってしまうと、食道と腸をつながなくてはなりませんが、その方法が現在の外科学教科書にも記載されているビルロート法です。右の図はビルロートⅠ法と呼ばれる胃切除後の再建術式を示しています。

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 ビルロートは胃切除だけでなく、卵巣のう腫の切除、食道切除などの大手術を次々と成功させました。また多くの外科医を弟子として育てました。その中で、最も有名な名前はコッヘル(18411917)です。彼の名前がなぜ有名かというと、外科手術の時などに物をはさんだり引っ張ったりする鉗子という医療器具がありますが、先端が針状になっているものをコッヘル鉗子といいます。彼が考案したものですが、今でも医療者がコッヘルというとこの鉗子のことを意味しています。(右の図)

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 乳ガンの多くは女性ホルモンであるエストロゲンの受容体(ER)があり、エストロゲンの影響を受けて乳ガンが発生します。この乳ガンをER陽性乳ガンと呼んでいます。これらの症例に対しては治療法としてホルモン療法が有効なことが多く、抗ガン剤とともに用いられます。一方、一部の乳ガンではこのエストロゲン受容体がなく、ホルモンの影響を受けずに発生すると考えられており、ER陰性乳ガンと呼ばれます。

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 この度、このER陰性乳ガン、つまりその発生にエストロゲンが関与していない乳ガンの発生リスクは野菜を多く食べる人では低いことが米国ハーバード大学の研究グループが発表しました。5千人弱のER陰性乳ガン症例を調べたところ、野菜の総摂取量と乳ガン発生リスク低下には統計的に有意な関連が認められたそうです。しかし、逆にER陽性乳ガン(つまりエストロゲンの影響を受けて発生した乳ガン)と診断された約2万人弱の症例ではこの関連性は認められませんでした。またER陽性・陰性に関わらず乳ガン全体でみてもこの関連性はありませんでした。さらに野菜ではなく果物の摂取と乳ガン発生リスクも検討されましたが、関連性はなかったそうです。

 詳しい機序は明らかではありませんが、野菜を多く食べていると、少なくとも一部の乳ガンを予防することにつながるようです。

 

文献 J. Natl. Cancer. Inst. 2013; 105: 219-236.