医療あれこれ

2013年2月アーカイブ

 大阪市在住の女性がギネス・ワールド・レコーズ社から世界最高齢の女性として認定されたそうです。特別養護老人ホームに入所中ですが、自分で車イスを動かして施設内を散歩するなどの日常動作をされているそうです。なお現在の世界最高齢は京丹後市在住の男性で115歳ということで、男女とも日本人が世界最高齢ということになります。大阪の114歳女性も誕生日は35日だそうですから、もうすぐ同じ年齢になられるのです。

 ところで平均寿命は、昭和30年ごろまでは男女とも60歳代だったものが、昨年は男性が79.4歳、女性は85.9歳と延びてきています。しかし医学・医療の進歩にも関わらず最高年齢は老年学的に115歳~120歳でほとんど変化していないと推定されます。生物学的に人間を見たとき、やはり限りがあるということでしょう。

 昨年612日付けのこのページでご紹介したように、日本人の死因第一位は悪性新生物(ガン)、第二位は心疾患、第三位は肺炎で、前年まで第三位だった脳血管疾患は第四位となっています。一方で、死亡診断書の死因として「老衰」とされる方は高齢者であって、明確な死因となる疾患がない場合に限られてきます。

 全ての人が病気にならずに、天寿を全うして「健やかに」死を迎えることができるようになることが医療における究極の目的ではないでしょうか。

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 これまでの医療の歴史で見てきたとおり、パスツールによる微生物が自然発生することの否定、ジェンナーやパスツールによるワクチン開発、さらにリスターの消毒法開発など、徐々に細菌などの微生物が病原体となって発生する感染症克服への道は切り開かれて行きました。しかし伝染病にかかった生体には細菌という微生物が確かに存在することが明らかにされても、その細菌が伝染病そのものの原因かどうかということについては明確ではありませんでした。その難問を見事に解決したのはドイツの一地方で医師をしていたロベルト・コッホ(18431910)でした。

 コッホはウォルシュタインというドイツの田舎町の診療所で、医療に従事していました。その地方では羊に炭疽病という原因不明の病気が流行していて、一つの村の羊が全滅するような事態が起こっていたのです。死んだ羊の血液中から糸状の細菌が発見されていましたが、これが炭疽病の病原体であるという証明はできていませんでした。コッホは炭疽病で死んだ羊の血液をネズミに接種してみたのです。するとそのネズミは(コッホの予想通り)死んでしまいました。さらに試行錯誤を繰り返して、その炭疽病で死んだ羊の血液中に存在する微生物を培養することに成功します。そして培養された微生物を別のネズミに接種すると、ネズミは炭疽病に罹患し死んでしまうことが確認されたのです。その微生物は炭疽病の病原菌であることが証明され炭疽病菌と命名されました。

 コッホが実験した一連の手技は「コッホの三原則」として今でも通用する理論です。つまり、①伝染病に罹患した生体には特定の病原体が存在する、②その病原体は生体外で分離・培養される、③その分離・培養された病原体で別の生体にその疾患を再現することができる、というものです。

 コッホはこれらの業績が認められ、ベルリンの国立衛生院研究室の主任に迎えられました。そして次々と感染症の病原体を同定して行きます。なかでも最も衝撃的な発見は結核菌の発見でした。大昔から人類は死の病「結核」に苦しめられていましたが、18823月のベルリン医学会でのコッホによる「結核菌発見」の報告は、人々に世界はこれで結核から逃れることができると期待を与えたのでした。

 しかし、病原体が確認されても、即その感染症が克服されるわけではありません。治療法の開発というさらなる道程が必要なのです。人々の期待に応えようと、コッホは結核菌の培養液から結核の治療薬として「ツベルクリン」を作り出します。ところが残念ながらツベルクリンは結核を治す薬ではないことが判りました。しかしこれはコッホの名声を汚すものではありませんでした。ツベルクリンは今でも結核の診断に用いる「ツベルクリン反応」の試薬として使用されています。

 結核菌のほか、やはり死の病であるコレラの病原体コレラ菌も発見したコッホは、ベルリン大学の教授に迎えられ、ここで多くの弟子たちを育てていきます。日本の北里柴三郎もその一人です。

 これまでご紹介したフランスのパスツールとドイツのコッホ、この二人は「近代細菌学の父」と呼ばれています。そしてこの両巨頭のグループはお互い闘争心に燃えて切磋琢磨しながら医学の発展に貢献して行ったのでした。


 生活習慣病としての糖尿病の発症は、肥満と関連していることから、体重や体脂肪量と相関するのではないかと一般に思われます。しかし、米国の研究チームから、糖尿病発症リスクは、体脂肪量、皮下脂肪量、また体重と身長から算出した肥満指数であるBMIなどとは関連性がないことが発表されています(JAMA 2012,308: 1150-1159)。ただし脂肪のうちでも内臓脂肪量と糖尿病発症リスクは統計的に有意な関係があるということです。

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 メタボリックシンドロームは、内臓脂肪蓄積が源流にあって、皮下脂肪の量とは関係が無いということをお聞きになったことがあると思います。右の図をご覧下さい。これは腹部断層写真(CTスキャン)の模式図です。皮下脂肪は体の表面にありますので、お腹の上からつまむことができます。それに対して内臓脂肪は体の内側にあることから表面からつまむことができません。メタボリックシンドロームはこの内臓脂肪蓄積が問題になるのです。皮下脂肪と違って、内臓脂肪では動脈硬化や血栓症を引き起こす物質を多く作っています。そこで内臓脂肪蓄積があるうえに、血圧が高い、中性脂肪が多い、血糖値が高いなどがあるとメタボリックシンドロームと診断されるわけです。ちなみにメタボ健診で受診者全てに腹部CTスキャンをすることができませんから、内臓脂肪蓄積をお腹周りの測定で判定しているのです。いろいろな問題点も指摘されていますが、臍の周囲径が男性では85 cm、女性では90 cm以上あると内臓脂肪蓄積ありと判定します。なぜ女性の方が長いのかというと、女性では皮下脂肪が多いことを考えるとこれぐらいの差があるというわけです。

 話は戻りますが、糖尿病発症が内臓脂肪蓄積と直接関連するけれど、皮下脂肪や体全体の体脂肪と統計学的に関連がなかったという今回の報告は納得できるものだと考えられます。糖尿病に限らず、一般的に言われる生活習慣帽予防にはこの内臓脂肪蓄積を食事や運動で予防することが大切になってきます。

 医療の歴史(18)でご紹介しましたように、ルイ・パスツールにより微生物の自然発生が否定され、空気中の微生物が原因で腐敗が始まることが明らかにされました。それでは、手術などの後、傷口から化膿してくるのは侵入した微生物が原因であるのに違いない、手術時の消毒は術後の感染症予防につながると考えた人が現れました。その人はイギリスの外科医ジョセフ・リスター(18271912)です。

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微生物を殺すには煮沸することが手っ取り早い方法ですが、手術で患者さんの体を煮沸するわけには行きません。リスターは何か消毒剤として有効なものはないか、さまざまな物質を調べていたとき、ゴミの消臭剤として用いられていた石炭酸(フェノール)の存在に気づきました。ゴミからでる腐敗臭も微生物の影響に違いない。石炭酸は消毒剤として用いることができると考えた彼は、石炭酸を染み込ませた布を傷口にかぶせる方法で術後の腐敗を予防することに成功しました。その後、手や手術器具を石炭酸で消毒し、手術中には噴射器を用いて、石炭酸液を噴射しながら手術を行ったのです。その結果、それまでの手術では術後、傷口から化膿することが当たり前であったのに、化膿せずに傷口が治るという画期的なことが発見されたのです。リスターの業績は前回ご紹介した麻酔法の発達と相まって、以後の外科手術の様相を一変させることとなりました。

 その後、ほどなくして毒性の強い石炭酸より優れたヨードチンキなどの消毒剤が発見されました。手術器具の消毒も、高圧・高熱で行うという現代の器具滅菌法の基本となる方法が開発され、消毒したゴム手袋を使用して手術をするなど、現代における無菌手術の基本的スタイルが確立されて行ったのです。